作家・朝井まかてさんの着物の時間──着物は「好きなもの」をベースに、年齢に見合った着こなしをしたい
撮影・青木和義 ヘア&メイク・桂木紗都美 着付け・小田桐はるみ 文・大澤はつ江 撮影協力・HAMACHO HOTEL
ヴェネチアの風景を刺繡した袋帯に水色の塩沢紬を合わせ、爽やかさを出しました
運河を行きかう無数のゴンドラ。それらのなかには楽しげに語らう人々の姿も見える。岸辺には色とりどりの家が立ち並び、街のざわめきが聞こえてくるような帯だ。
「ヴェネチアの風景を刺繡したものなんです。この帯を締めていると『えっ! こんな帯、初めて見た』『この橋はリアルト橋!?』とか、しばらくは帯の話で盛り上がります。そこから会話が弾むことが多く、糸口を作ってくれる。いわば“話題提供帯”。ほとんどの人はヴェネチアと認めてくれますが、まれに大阪人は“中之島だわ”と。まあそれもそれで盛り上がる要素にはなりますが(笑)」
朝井まかてさんがこの帯と出合ったのは10年ほど前のこと。懇意にしている百貨店の呉服部担当者から「珍しい帯があるんですが、見ませんか?」と連絡が入った。
「好みを熟知していて、おもしろい柄や色の着物などを見つけると知らせてくれるんです。職人さんの手仕事が感じられるものが好きで、刺繡は好きなもののひとつ。ですから、この緻密で色使いがかわいい刺繡帯を見た瞬間に、締めてみたい!と思い。ひとめぼれです」
今回その帯に合わせたのは、サラリとした肌触りが心地よい水色の塩沢紬。運河からアドリア海へと繋がるような取り合わせだ。
「水の都をイメージしつつ、帯に合う着物として誂えました。決め手は帯を引き立ててくれる爽やかな色。濃い茶の帯締めで、全体をキリッとさせました。着物の醍醐味はなんといっても組み合わせの妙。どの帯とどの着物を組み合わせるか、帯締めや帯揚げは何色?いろいろと考えている時間がすごく楽しい」
新たに着物や帯を誂えるときの基準となるのは、好きかどうかだけ、という朝井さん。
「パッと見て“好き”と思うものを選んでいます。だからあれこれと悩まない。最初に好みでないものを排除して、一番好きなものを選ぶ。あと帯と着物を一緒に選ばないことが多いです。帯は帯、着物は着物として、単独で選びます。そのほうが組み合わせの幅が広がるような気がするんです」
そして柄よりは色に重点を置くことが多い。
「色で遊ぶというか、合わなさそうな色、たとえば緑と赤、黄色と青などをあえて帯揚げや帯締めにもってきて、インパクトのある装いにすると、おもしろみが生まれる。そこが楽しいんです。もちろん着物とのバランスが第一ですけれど」
朝井さんが着物に親しむようになったのはここ数年のことだ。
「文学賞の授賞式やそれに伴うイベントや会食などに、以前はドレスと着物が半々だったのですが、年齢を重ねたら着物のほうがしっくりくるように。体形カバーの効果も期待できる(笑)。アンティーク着物や大正ロマン的なものも好きですが、今の私が華やかな色や大胆な柄の着物を着ると、なんだか落ち着かなくて……。だから年齢に見合った装いをしたい。私にとって着物はくつろぎ感のある非日常。楽しく装って、いつも“ごきげんさん”の気分でいたいんです」
『クロワッサン』1174号より
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