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『ブランチライン』池辺 葵 著──人生にたまに現れる光のようなセリフを胸に今夜も眠ろう

店舗も商品もないエア本屋「いか文庫」の店主。リアル書店にも勤務しつつ、様々なかたちで本を紹介する活動を行っている。粕川ゆきさんが紹介する一冊。

文・粕川ゆき

『ブランチライン』1〜8巻 池辺 葵 著 祥伝社 748〜858円
『ブランチライン』1〜8巻 池辺 葵 著 祥伝社 748〜858円

近頃、負の出来事が多い。しかも、青天の霹靂のようなものばかり。特大のショックを受けて、ネガティブ思考にずぶずぶと潜り込みそうになるのを必死で堪えている。幸いなことに味方も多いので、そんな誰かと話をしている時はまだいい。けれど再び1人になると、延々とSNSを見続けてしまう。それでも気を紛らわすことができずに「あぁぁ!」と叫びたくなったら、逃げる先は、ドラマ、アニメ、そして本。いかに没入して、嫌な気持ちを蘇らせないようにするのかが重要なのだ。ここ最近の闇落ちしそうな私を引き止めてくれているのは、夜、寝る前に手にするこのマンガだ。

シングルマザーの長女と息子、役所に勤める次女、喫茶店を営む三女、アパレル通販の仕事をしている四女、そして皆を見守る母。この6人を中心に物語は進んでいく。大きな事件が起こるわけではない。日日の中に訪れる、ちょっとした出来事や、ふとした一言が積み重ねられ、綴られていく。

それぞれが担う役割の視点も描かれる。1巻の、四女・仁衣が勤める先でのエピソードの中、洋服にお金をかけないという後輩に対して理解を示しながら語るセリフ。「私たちの仕事は物を売りつける仕事だ」「作り出されたものをお金にかえないといけない」「それが贅沢品なのか必需品なのかは問題じゃない」だからこそ出来る限りのことをして、「それぞれの価値観やライフスタイルを尊重すること」「作り手にも買い手にも必要なものが行き届くよう尽くすこと」「それが私が社会で生きていくってことだと思っている」。生活必需品では無い本を売る仕事をしている私にとって、込み上げざるを得ない数コマだった。

作中に散りばめられた些細なセリフや表情に何度も胸を掴まれる。優しさに包まれるとはこういうことかと、私もこんな風にありたいと、心にしみていく。けれど現実は、そんな尊い世界ばかりではない。私ですら毎日何かしらに悪意を抱き、ひとり反省会を繰り返しているくらいなのだから。

それを見透かすようなシーンがある。3巻の、長女の息子・岳にまつわる数ページ。元彼女から愛情のこもったケーキを贈られ、何気なく受け取ったことで逆に「愛情に鈍感」「お父さんがいなくなっちゃったから」と謗られる。でも、そこに居合せた先輩が発した「そのケーキ、食べたげよっか」という一言に思わず涙が出てしまった。それだけ?と思われるかもしれない。でも、私にとっても最大級の救いだった。

リアル世界は、いがみ合いや嫌味が蔓延していて、優しくなれない時間の方が長い。だから、優しさに触れて取り戻そうとするのかもしれない。うれしくても、悲しくても、楽しくても、悔しくても、人生は続いていく。だからこそ、このマンガがあって本当に良かったと思いながら眠りにつく幸せを噛み締めたい。6巻に出てくるセリフ「世界は思っているより善意に満ちている」と思える瞬間は、ふっと現れたりする。諦めず信じながらまた生きていきたいと、この物語は勇気も与えてくれる。

  • 粕川ゆき さん (かすかわ・ゆき)

    店舗も商品もないエア本屋「いか文庫」の店主。リアル書店にも勤務しつつ、様々なかたちで本を紹介する活動を行っている。

『クロワッサン』1172号より

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