考察『豊臣兄弟!』28話「急げ!秀吉」信長(小栗旬)が授けた“家宝”。秀吉(池松壮亮)&小一郎(仲野太賀)の新たな誓い。
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
小一郎だけが知る真実
織田信長(小栗旬)は本当に死んだのか。
『豊臣兄弟!』28話は、中国大返しへとつながる、信長の死をめぐる情報戦を描く。
天正10年(1582年)6月2日、本能寺の変勃発。
明智光秀(要潤)は畿内の諸将に文を送り自軍への恭順を促す。
だが皆、信長が生きている可能性を視野に、簡単には動けずにいた。
小一郎(仲野太賀)だけが真実を知っている。
森乱(市川團子)が信長の死を小一郎に告げていたのだ。
森乱は明智軍の足軽に姿を変え、焼け落ちる本能寺から脱出した。
26話(記事はこちら)で自らの志と同じく、上様をお守りしたいと言った羽柴秀吉(池松壮亮)の弟の姿を認めると、安心したように倒れこむ。
「上様を、お守りすること。かないませんでした……」
たった一言、そう告げると息絶えた。
そんなことないよ、お乱! 首を誰にも渡すなという上様の遺言は守ったよ!
こう言ってやりたい。
前回(記事はこちら)の信長と森乱、別れの美しさが極まっていただけに、森乱脱出の姿は蛇足な気がしないでもない。
しかし、この場面があったおかげで、天正10年6月2日の早朝にただ一人、小一郎だけが信長の死を確実なものと踏まえ、誰よりも早く動くことができた。
これが羽柴秀吉の天下取りへの、大きな足掛かりとなるのだ。
撹乱作戦
明智軍が京の都で目を光らせるなか、小一郎は遊女屋に潜伏している。
チーム羽柴の面々と連携し、秀吉への変事の急報、長浜城の羽柴家の避難、畿内の諸将が明智に味方しないための策を巡らせる。
「上様は生きておられる。そう諸将には広めるのじゃ」
「兄者が来るまで時を稼ぐのじゃ」
当時、実際に情報を撹乱する文書が飛び交った。
本作の小一郎もそうした撹乱作戦の首謀者の一人というわけだ。
各方面の実働を前野長康(渋谷謙人)、浅野長吉(大地伸永)、藤堂高虎(佳久創)に託し、小一郎は引き続き身を潜める。
明智兵に踏み込まれたら遊女屋にも危険が及ぶのだが、女将の吉祥(鶴田真由)は頼もしい。
「あんさんらご兄弟には、ぎょうさんご贔屓にしてもらいました」「またおふたりで遊びに来とおくれやす」
あ!思い出した、11話(記事はこちら)で、兄弟が裸で興じていた遊女屋か!
兄弟によく稼がせてもらったということは、秀吉だけじゃなくて小一郎もあれ一回だけではなくて、秀吉京都奉行時代はたびたび来ていたんですね。
ふーん。ほー。へー。そうなんだ。
この作品では、秀吉と小一郎の側室はいないことになっているのか、まったく姿を見せないが、遊女屋では遊んでいた設定なのか。
ちなみにだが、歴史上の羽柴小一郎長秀には側室がおり、その側室が母親とされる子女もいる。
納得のタヌキ芝居!
一方、信長の死を確信していた者が、もう一人いる。
「信長も死ぬのじゃなあ」
徳川家康(松下洸平)が、堺(現・大阪府堺市)の津田宗及(マギー)邸で感慨にふける。
背後では、石川数正(迫田孝也)と本多忠勝(夏生大湖)が慌ただしく出立の支度中だ。
どうやら家康は、確かな筋から信長死亡の情報を得たらしい。徳川子飼いの忍の働きか、津田宗及ら堺会合衆の情報網によるものか。
徳川家康が堺に滞在中に本能寺の変が起こり、数十名の家臣と密かに領内まで戻った、いわゆる伊賀越え。
『真田丸』(2016年)では、泣き喚きながら走る家康(内野聖陽)が大きな話題となり、以来戦国大河では伊賀越えが名物のようになった。
しかし本作の家康は伊賀越えしない。偽情報だ。
最も速く且つ安全な船で領地の岡崎(現・愛知県岡崎市)まで帰る。
「生きて伊賀越えなど、できるわけなかろう!」
松下洸平の家康は、毎回出るたびに「この家康ならそうするだろうな」と思わせる、説得力あるタヌキ芝居である。
「あんたがいるからね」
長浜城で浅野長吉から信長の死を知らされ、寧々(浜辺美波)は夫・秀吉が殉死するのではと危ぶむ。
だが秀吉を熟知する母姉妹は否定した。
「あんたがいるからね」
「何があっても寧々様を置いて、自分から死ぬバカな子じゃない」
本作の寧々は従来の大河で描かれた賢夫人の印象は薄く、等身大の女性である。周りの支えを必要とする寧々だからこそ、羽柴家の結束の固さが際立つのだ。
小一郎の嫡男・与一郎(大空利空)も、そうした羽柴家の一員として、父を支えたいと願い出る。
「こんな時だからこそ、父上の力になりとうございます」
慶(吉岡里帆)は、息子の申し出を許し、ある物を託した。
羽柴家は本能寺の変の直後は、近隣の寺、村々に匿われたと伝わる。
“嘘”で駆ける秀吉
同じ頃。
備中高松城(現・岡山県岡山市)を包囲する羽柴軍陣地に、小一郎からの手紙を携えた前野長康が到着した。
歴史上は、秀吉が本能寺の変の情報を得たのは変事の翌日、6月3日と伝わる。
前野長康は、小一郎から信長の安否を明言しないよう言い含められている。
「そうすれば、兄上は誰よりも早く戻ってまいります」
この場面から、池松壮亮演じる秀吉の表情に目が釘付けとなった。
あまりの衝撃を受けての激昂。常日頃明るい男が見せる底知れぬ激情。
羽柴小一郎長秀、のちの豊臣小一郎秀長を主人公とするこの作品が、豊臣秀吉の一生をどこまで描くかはわからない。だが、池松壮亮が演じる老いた秀吉が観たい。
小一郎からの手紙には信長の遺骸が見つかっていないと書かれている。
嘘ではない、真実だ。森乱の最後の言葉を知らせていないだけ。
秀吉は信長が生きていると信じ、すぐに上様救出に京へ駆け上ることを決めた。
6月3日の夜から4日にかけて、毛利方の外交僧・安国寺恵瓊(立川談春)と和議を結ぶ。
安国寺恵瓊は羽柴軍の突然の譲歩に、なにか一大事が起こったのではと勘付くが、秀吉が語る、小一郎の夢、すなわち兄弟の夢──。「皆が力を合わせて作る、万事円満の世」。この実現を「嫌いではない」として、和睦の条件を飲んだ。
備中(岡山県西部)、美作(岡山県北東部)、伯耆(鳥取県中西部)三か国の割譲と、備中高松城城主・清水宗治の切腹。
6月4日の朝、清水宗治は城から漕ぎだした小舟の上で切腹して果てた。
自刃を見届けた秀吉は、間髪を入れずに撤退を開始した。
「よいか皆の者! これより上様を御救いするため、京に向かう!」
「走って走って走って、走り抜けるのじゃ!」
馬で疾走する羽柴勢。
『光る君へ』(2024年)の勇壮な打毱(だきゅう/馬を使う球技)場面もそうだったが、若い俳優らが身に着けた、見事な乗馬術に胸躍る。
秀吉は走る。一刻も早く、上様のもとへ。
織田家の男たち
一刻も早くと激しい感情に駆られる武将は、もう一人いる。
越中国魚津城(現・富山県魚津市)の柴田勝家(山口馬木也)だ。
柴田勝家は、6月3日早朝に上杉方の魚津城を攻め落とした直後、本能寺の変を知ったと伝わる。
この場面は柴田勝家演じる山口馬木也の荒々しい悲嘆、それを受けての前田利家(大東駿介)の気迫の芝居が見事に拮抗する。
今動けば背後から攻めかかるであろう上杉勢も構わず、城を出て京まで戻ると暴れる柴田勝家。
涙ながらに説得する前田利家。
「上様を思うおやじ殿のお気持ちは、おやじ殿を思う儂の気持ちと同じでございまする」
「おやじ殿。どうか…ご辛抱くださりませ!」
長く織田信長に仕えてきた侍同士。
織田家中の上下を超えた、男たちの情愛が胸を打つ場面だった。
柴田勝家と前田利家が、こうした父子にも似た関係であることを、本能寺の変の時点で描くのはよかった。
勝家と利家を引き裂く運命は、1年も経たずして襲いかかってくる。
小一郎、覚醒
明智光秀は、6月5日に安土城(現・滋賀県近江八幡市)に入ったと伝わる。
斎藤利三(内藤剛志)ら重臣から各地の報告を受ける。
文を送った諸将は情報戦に翻弄され、去就を明確にしないという。
この流れを変えるのは、誰か。
斎藤利三「細川殿しかおりますまい。細川殿ならば、必ずや我らのお味方となってくれましょうぞ」
明智軍の命運を左右するキーマン、細川藤孝(亀田佳明)はそのとき、京に潜伏する小一郎の呼び出しに応じていた。
細川藤孝「よいのか? 私と明智殿の仲は御存じであろう」
……えっ。御存じ……?
小一郎と歴史ファンはよく御存じだが、ドラマでは殆ど描かれてこなかった仲だ。
この人一体誰ですか、と思いながら観ている視聴者も多いのではないだろうか。
細川藤孝は明智光秀が初めて登場した10話(記事はこちら)からいる。
将軍・足利義昭(尾上右近)の奉公衆として、常に将軍の傍に侍っていた。
その後はあまりドラマ内では登場せず、明智光秀との会話場面もほとんど無い。
歴史上の事実としては、信長と義昭が対立すると、細川藤孝は義昭から離れて信長に従った。
本能寺の変の4年前、天正6年には明智光秀の娘・たまが、細川藤孝の嫡男・忠興に輿入れした。のちに、たまはキリスト教の洗礼を受けた。現在は細川ガラシャの名で知られる。
つまり明智光秀と細川藤孝は、将軍義昭と信長に仕えた者同士で、縁戚。
……という仲だ。
明智軍に引き渡されるかもしれない危険を冒してまで、藤孝を招いた理由は何か。
小一郎は藤孝に問う。
「どうにかして、明智殿をお救いする術はないかと」
これまで共に織田軍として戦ってきた仲間を、仇として討つなどできない。
一体どうすればよいのかと取り乱して問う小一郎は、そのまま疲労のため昏倒してしまう。
細川藤孝は改めて小一郎を見舞い、真摯に諭す。
藤孝「明智殿を救おうなど、おぬしのうぬぼれじゃ」「明智殿は全身全霊で織田を倒しに参るぞ。今ここで儂を殺し、明智殿に力を貸すのを阻むくらいのことをせねば、勝ち目などない」
光秀は生半な相手ではない、お前は甘いと言うのだ。
事実、明智光秀は冒頭場面で
「羽柴小一郎を捕らえよ」「災いの芽は早めに摘まねばならん」
と斎藤利三に命じている。
捕らえて、確実に殺すつもりだ。
小一郎が巡らせる計略を恐れたため、羽柴秀吉の力を削ぐため。
光秀にためらいはない。
人としての情を捨て、死に物狂いで勝ちにゆく。
全身全霊とはそういうことだ。
そこに報せが飛び込んでくる。
秀吉率いる羽柴軍25,000が、6月6日に姫路城(現・兵庫県姫路市)に到着したのだ。
6月4日午後に備中高松城を発って約106㎞を2日で移動した。
速さに細川藤孝は瞠目するが、小一郎は「やはり来たか」と驚かない。
準備は万全であった。
前回27話、信長を備中まで迎え入れる目的で、途中あちらこちらの宿場町に「支度をしておくよう銭をたんまり置いてきた」という台詞があった。
軍勢を休ませる拠点を複数作っておいたことが中国大返しを成功させたという説があり、本作では小一郎がその差配をした設定だ。
準備に加えて、小一郎には大返し成功の確信があった。
織田信長が死んだと明確にしてはいけない。
上様が明智光秀に襲われた。それだけを伝えれば必ず、
「兄者なら走り続ける。上様をお救いするために」
細川藤孝に向き直った小一郎のまなざしには、かつてない強い覚悟が宿る。
「もう迷いませぬ。細川殿のおかげで目が覚め申した」
「兄とともに明智を討ちまする」
小一郎は、戦う者の顔になった。
孤立してわかる、上様のお気持ち
姫路城で休息を取った羽柴軍は6月9日に発ち、毛利方についた城を攻め落としながら進軍、6月11日、尼崎城(現・兵庫県尼崎市)に入った。
明智光秀は羽柴軍が迫り来ることを、山城国下鳥羽(現・京都府南部)の陣で知る。
そこに届けられた細川藤孝からの手紙には信長の死を悼み出家したこと、家督を嫡男・忠興に譲ったことが書かれていた。細川藤孝は出家後は「幽斎」と名乗る。
光秀の娘である忠興の正室、たま(ガラシャ)は幽閉されてしまった。
藤孝が明智につかなかった理由は諸説ある。
本作では小一郎との対面時に、羽柴軍姫路城到着の情報を得たことが大きな要因だろう。
織田家重臣のほとんどが畿内にいなかったから、謀反は成功したのだ。
信長の死について多くの諸将が懐疑的であるこの時期に、明智軍13,000を上回る羽柴の大軍勢が到着したインパクトは大きい。
様子見をしていた諸将は、誰も明智に味方しないだろう。
細川藤孝は冷静に判断した。乱世の武将の、生き残るための決断である。
頼みの綱であった細川からの援軍はない──。
光秀「今やっと、上様のお気持ちがわかったわ」
裏切られ、孤立する気持ちが信長にシンクロする。
斎藤利三は退却を進言するが、光秀は首を横に振る。
大坂城で丹羽長秀(池田鉄洋)に捕らえられ、斬首となった信澄(緒形敦)の働きを無駄にせぬ。
朝廷より畿内を守る勅許を受けた、大義は我らにあり。
「これより勝龍寺城にて、賊軍共を迎え討つ!」
勝龍寺城。京の都の西南部、目の前に広がるのは山崎の平野である。
誓いの草履
羽柴兄弟は、尼崎城で合流する。
上様は見つかったか、早くお探しせねばと急く兄の顔を、小一郎はまともに見ることができない。
涙ながらに、すまん、すまんと謝り続ける。
「儂は兄者をあざむいたのじゃ。少しでも早く戻らせようと」
この上なく残酷な真似をしたと理解している。信長を崇め慕う心を利用した。
だからこそ、兄の悲憤から逃げない。殴りかかる秀吉を殴り返し
「兄者のほうこそ目を覚ませ! 上様は死んだんじゃ、もうどこにもおらんのじゃ!」
現実を認められずに泣く秀吉、ここからどうすれば立ち直れるのか。
そこへ、落ち着いた声がした。「もうおやめくだされ」
長浜から到着した与一郎が、慶と寧々から託されたものを兄弟に差し出す。
それは、信長の草履。
4話(記事はこちら)桶狭間合戦のあと、兄弟それぞれに左右の草履を下賜された。
秀吉「これは、儂らの家宝じゃ」
兄弟で歩めと道を示した信長に応えるために、羽柴兄弟は立ち上がる。
目指すは明智光秀。求めるのは仇の首、ただひとつ!
28話は、血沸き肉躍るという言葉がぴったりくる音楽と演出だった。
小一郎はこれまで、武将としての甘さと、己の加害性に無自覚な面が見られたのだが、本能寺の変と細川藤孝の叱咤によって覚醒したのだろうか。
大河ドラマも後半、主人公としてこれからが見どころである。
次回予告。
天王山、山崎の合戦。
天下への道は、小一郎家族、羽柴家が辿る悲しみの道でもある。
29話が楽しみですね。
*******************
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、菅田将暉、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山口馬木也、宮﨑あおい、小栗 旬 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
*******************
主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・織田信長編 合本』中公文庫,1999年
谷口克弘(著)『織田信長合戦全録──桶狭間から本能寺まで』中公新書,2002年.
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『現代語訳 信長公記』新人物文庫, 2013年.
和田裕弘(著)『織田信長の家臣団──派閥と人間関係』中公新書,2017年.
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『地図と読む・現代語訳 信長公記』KADOKAWA,2019年
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025