『晴れの日の木馬たち』著者 原田マハさんインタビュー ──「大切なのは続ける力ではなく、やめない力」
撮影・鳥羽田幹太 文・中條裕子
主人公の名は、山中すてら。一度見聞きしたら、記憶に残る珍しい名前。その由来は、彼女の切なくも複雑な生い立ちにあった。
「子どもに対する関心がなかった母親が、いずれ山に捨てるのだから〈すて〉にしよう、と。けれど、父となった人がキリスト教者で、そんなひどい言葉から星の輝きを見出して〈すてら〉と名付ける。強い名前の元に彼女が成長していく、その心を支えたのが信仰だったというのは、この物語を書き始める最初の重要な設定でした」
出自が恵まれずとも、キリスト者の愛と共に成長したという物語にしたかった、と原田マハさん。幼くして母を喪い、病弱な父との暮らしを助けるために、すてらはアメリカ人宣教師のアリスの紹介で、当時最新の設備と環境が整っていた岡山の倉敷紡績の女工として働き出す。大原孫三郎というこの倉敷紡績の社長もまたキリスト者であり、日本初の私立西洋美術館を設立した人物だった。
「すてらを支えるアリスも実在の人物。貧しいエリアに教会と療養所、子どもたちに英語や聖書を教える場所を開いたというのも事実です。大原と交流があり、倉敷教会をつくるサポートをした。今回は全体がフィクションで史実を横糸みたいに織り込んでいく、というような手法をとったので、自分でも書いていて面白かったですね」
宣教師であるアリスのいる教会の日曜学校に通い、聖書と英語を学んできたすてらは、読み書きも達者で、趣味は読書と物書きだった。幼いうちから倉敷紡績の職工として働きながらも、さまざまな偶然の出会いに助けられ、いつしか文筆を生業とするようになっていく。二十歳になるとろくに知りもしない男性と祝言をあげ、家庭に入る女性が多数であった時代には、異色の存在であるともいえる。
近代化の中で星のような希望を持ち続けるすてらという女性
「19世紀は日本が近代化していく途上で、日本のみならず世界的にも女性の地位が低い時代。一方、女性が何かをやることに注目が集まる時期でもあった。その中でやりたいことを諦めざるを得ない背景があっても、自分の中に星のような希望を忘れることなく持ちながら何かを目指していくというのが、この本におけるすてらの役割。周囲からの温かい理解や力強いサポートがあって、“書く”ことをやめず、彼女はそちらの道を選ぶことができたというのが、この物語の大きな一つのテーマなのです」
岡山という土地とその時代性ならではの空気感に包まれながら、やめることなく進んでいくすてらの姿を追っていくうち、あっという間に読了してしまう。が、実はこの物語は本作では終わらず、彼女の旅はまだまだ続いていくのだ。
「これは入り口なんです。すてらという少女が、自分の夢を叶えていくステップに足をかけたというところまでを描いてみました」
この先の世界が時代を経て広がっていくのかと考えるだけで、続きが待ち遠しい気持ちになる。
『クロワッサン』1160号より
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