昔ながらの情緒が残る下町、亀有で、創業50年余を数える亀有マルミヤパン店は、店舗兼住居に3世代が同居するアットホームなベーカリーだ。
初代の宮地邦彦さん、久美子さん夫妻が見守る中、息子の唯光さんが2代目職人として80種以上のパンを作り、妻の朋子さんが店を切り盛りしている。朋子さんは3人の子どもを育てながら、毎日午前2時に起床してサンドイッチの具を作ってきた。
「一つ屋根の下に暮らしていても、仕事の都合で生活時間帯がずれるので、家族の食事はばらばらです」と朋子さん。たとえば初代夫妻はお昼前、朋子さんは客足が一段落した昼過ぎに、唯光さんは午後のパンを焼き終える頃を見計らってという具合。そこで重宝するのが、作り置きのきくスープだ。
今回、朋子さんが用意してくれたのは、パプリカの風味がさわやかなミネストローネ、かぼちゃの皮をきちんとそいで作ったとろとろのポタージュ、根菜や海老などの具をたっぷり入れ、豆乳で優しい味に仕上げた味噌汁の3種。それぞれ食べる時に人数分を温め直し、合わせるパンにもひと工夫して「おいしく」味わう。
「実は、焼きたてや作りたてのパンはお客様に出してしまうため、スタッフはめったに食べられません(笑)」
だからこそ、焼きたてのおいしさをよみがえらせるパンの温め方や、サンドイッチの活用法など、パン屋さんならではのアイデアが生まれる。それらのアイデアや、パンに合う家庭料理のレシピを、朋子さんは忙しい日々の中、店頭で配るプリントやブログで積極的に発信している。そうした取り組みが、店の魅力にもなっている。
「良い材料で、まじめに作る」が唯光さんのモットー。1日15斤限定の特上食パン(1斤270円)はカナダ産の高級小麦粉、沖縄の塩、フレッシュバターを用い、小麦粉を熱湯で練った「湯だね」を一晩寝かせて焼き上げる。特有のもっちり感が人気の秘密だ。
カレーパンは甘口、中辛、大辛口の3種あり、やきそばパンはゆで卵入りとソーセージ入りの2種。サンドイッチは久美子さんが揚げるチキンカツが一番人気、朋子さんが作るサラダのサンドイッチがそれに続く。ジャムやチョコをあしらった甘党の喜ぶ菓子パンも豊富で、さまざまな年齢の人たちが好みに合わせて選べるよう、品揃えにはこまやかな配慮が行き届いている。
顔見知りの常連も多く、店に立つ久美子さんや朋子さんと気さくに会話する場面も珍しくない。宮地一家が3世代なのと同様、3世代で同店に親しんでいる地元客も少なくないのだろう。
生活時間帯がずれているため「すれ違い夫婦です」と冗談めかして朋子さんは笑うが、家族が食事を共にできないのは、心を一つにして大切な店を支えているから。地元との絆でもある同店には、心温まる一体感が満ちている。