現在4代目の老舗である横浜のウチキパンは、日本の食パン販売の発祥として知られている。今回はやがて5代目を担う工場長の打木豊さんが、同店伝統の食パン、イングランドとスープのおすすめの食べ方を紹介してくれた。
「子どもの頃からイングランドを食べてきて自分が一番合うと思うのは、キャンベルの缶入りクラムチャウダーです。ただ、個人的な好みですね(笑)。家族にはミネストローネを合わせるのが好きだという者もいます」
イングランドは型に蓋をせず、上部をふっくらと山形に焼き上げるイギリス型食パン。初代の打木彦太郎氏が、同店のはじまりとなる『ヨコハマベーカリー宇千喜商店』をこの地に開いたのは、横浜開港からさほど年を経ていない1888年だった。その当時から120年以上、同店はイングランドの販売を続けてきたことになる。
「開港当初はまだ国内でイーストが手に入らなかったので、パン種にはビールの原料であるホップを使っていました。イングランドは今でも当時のようにホップ種を主に用いています」
ホップ種を仕込むのには4日かかるため、「実は、すごく手間がかかっています」と打木さん。発酵を早く進めさせるため、現在では若干イーストも添加しているそうだが、極力、横浜開港当時の味を伝えようと技術を継承している同店の姿勢には感銘を受ける。
「これがちょうど4日目のホップ種です」と、打木さんが軽量カップに入れた液体を見せてくれた。黄みがかった乳白色で匂いはまさしくビールそのもの。もちろん、焼き上がったパンにはビールの香りは残らないが、「気をつけて食べると、ホップ由来のほろ苦さと香ばしい感じがわかると思います」。
オーソドックスな食事パンだけに、どんなスープや惣菜、ジャムにも幅広く合う。なかでも打木さんのイチオシは前述のクラムチャウダーだが、まずは「厚めにスライスしてトーストし、最初はバターをつけずに食べてみてください。バターをつけなくても、けっこうおいしいんです」。
イングランドはトーストすると、表面はサクサク、中はもっちりするのが特徴という。言われたとおりトーストをバターなしで食べてみると、弾力のある食感のなか、かすかにホップの香りが感じられる気がした。
風味や食感が失われないよう、「保存は冷凍で、食べるときは解凍せずに焼く」というのも打木さんのアドバイス。この日はおすすめの食べ方を、店のスタッフたちに試してもらった。
「一度冷凍したパンをトーストしたとは、全然わからないですね」と松田智子さん。「できたてと同じくらいふっくらしています」と山崎芽衣さん。二人とも、クラムチャウダーはパンに付けて食べたりしながら「おいしい!」。
打木さんを交えてお気に入りの食べ方の話で盛り上がり、「家ではバターと蜂蜜をつけて食べています」と松田さん、「ケチャップ、ハム、チーズをのせて焼き、レタスものせてピザパン風にします」と山崎さん。すると打木さんも、「バターの上に味付け海苔を、パリパリのままのせてもおいしい」。楽しみ方は限りない。これこそ120年以上愛されてきたイングランドの魅力だろう。
店頭にはほかにも個性的なパンが多数。ナッツとドライフルーツ、クリームチーズが入ったライ麦パンのライブレッド、黒ごまを練りこんだ生地で角切りサツマイモを包んだセサミ・スイートポテトなど、一つ一つに誕生ストーリーがありそうで、夢がふくらむ。