くらし

妻で脚本家、これは和田夏十の映画だ! │ 山内マリコ「銀幕女優レトロスペクティブ」

『黒い十人の女』。1961年公開。大映作品。DVDあり(販売元・KADOKAWA)

市川崑監督の『黒い十人の女』は、公開された1961年(昭和36年)以来、長く幻の傑作となっていたそう。’97年に小西康陽によってリバイバル上映されヒットを記録。現代的な愛の不毛を描いた異色の名画に、再び命が吹き込まれました。

テレビ局に勤めるプロデューサーの風(船越英二)は、本妻(山本富士子)がありながら、女優(岸惠子)をはじめ9人の女(宮城まり子、中村玉緒、岸田今日子など)と関係を持つプレイボーイ。いっそみんなで殺そうと、10人の女が結託して風の殺害を計画するが、それを知った風は本妻に狂言殺人を持ちかける。しかし、それがバレて……。

フィルムノワールさながらの硬質なモノクロ映像、女たちは情念をドライに包んだ言葉で話し、男は飄々と仕事にかまける。イタリアのアントニオーニ監督が’60年代に追究したテーマを先取りしたような、突然変異的にクールなこの映画がどうして誕生したのか、ずっと不思議でした。一つ思い当たったのは、脚本を書いた和田夏十の存在。制作時期は、夫である市川崑が有馬稲子との不倫関係の真っ只中にあったと思われ、それが彼女にこの本を書かせたのではないでしょうか。

そう考えると、本妻役は和田夏十自身に、愛人の女優役は有馬稲子に思えてきます。山本富士子と岸惠子というタイプの違う美女二人が、雁首揃えて「あーたが殺しなさいよ」と押し付け合うシーンを、市川崑はどういう気持ちで撮っていたのか……。それこそ風のように、悪びれず仕事に熱中していた?

この脚本がすごいのは、意趣返しのレベルを大きく越えて、現代女性論であり現代文明批判になっているところ。「事務的なことの処理は大変うまくなるけど、心と心をふれ合わせることのできない生き物になってしまうのよ」の名セリフは、半世紀経った今もずしんと響きます。男性に心を求めることの虚しさを、凛とスタイリッシュに告げる。和田夏十は苦しみを、芸術に昇華させたのです。

山内マリコ(やまうち・まりこ)●作家。短編小説&エッセイ集『あたしたちよくやってる』(幻冬舎)が発売中。

『クロワッサン』999号より

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