くらし

ピアニスト気分に浸る!?│山口恵以子「アプリ蟻地獄」

  • イラストレーション・勝田 文
『ピアノタイル2(TM)』。画面に出るブラックタイルをタップすることで美しいピアノ曲を演奏するアプリ。無料。

スマホ画面上を流れてゆくマス目を指で押すゲーム。ミスタッチをしたらゲームアウト。

マス目を鍵盤に見立て、両手の指を使って流れるマス目をタッチしてゆくと、まるでピアノを弾いているような気分になる。

マス目の長さに応じて、タッチの時間を調節する。短く押せば短い音に、長く押せば長い音になる。長短を考えてタッチしてゆくと曲の体裁が整って、気分はまさにピアニスト。

実は、私は小学校五年から中学一年までピアノを習っていた。別にピアノが好きだったわけではなく「両手でピアノ弾けたらカッコいいな」という、邪な動機だった。

すぐに馬脚をあらわし、私が嫌々ながら練習していると、母は「あんたのは『楽しき農夫』じゃなくて『苦しき農夫』ね」「もしエリーゼがそれ聴いてたら『こんな曲、要らないわ!』って言うに決まってるから『エリーゼの拒絶』だわ」と笑うので、頭にきて止めてしまった。

そしてピアノを三年習った私は楽譜を見てもチンプンカンプンだったのに、一度もピアノを習ったことのない長兄は絶対音感の持ち主で、初見でピアノの伴奏ができた。神様は不公平だと思う。

私はそれ以来ピアノが大嫌いになり、そばに近寄ったこともなかったが、このアプリのお陰でピアニスト気分を満喫することができた。

江戸の仇を長崎で討つと言うけれど、今回はピアノの仇をアプリで討ったのだろうか?

両手で弾いて気分良かったわ。

山口恵以子(やまぐち・えいこ)●作家。近著に『夜の塩』(徳間書店)。

『クロワッサン』998号より

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