くらし

平松洋子さんの東京の味。西荻窪の住人に支持される、実直なお菓子とベーグル。

ありとあらゆるおいしいものと洗練されたものがひしめき合い、ただ歩くだけでも刺激的な街、それが東京。恩恵を受けられるのはなにも住人だけに限りません。仕事や観光で訪れたつかの間にも街の力がフルチャージされるはず。食通が考える、今の東京を体現するお店を知り、店選びの基準を学んでみましょう。
  • 撮影・青木和義、黒川ひろみ
平松洋子さん エッセイスト

東京には特色ある街がたくさんありますが、最近は駅前の地価が上がるなどして、個人商店がなかなか成り立たなくなっているようです。すると、どこの街も均質化してしまう……。そんななか、私の住む西荻窪という街は本当に昔のまま。新しい店ができても、空気が全く変わらないんですよ。

ところで、私も含め、ここの住人って“買いまわる”人たちなんです。豚肉ならここ、お豆腐ならここ、お菓子ならここというふうに。それはスノッブな行為ではなく、売り手のしたいこと、作りたい味が伝わっているがゆえの選択。ある種の信頼関係がこの街では成り立っているのだと思います。

たとえば、私が学生の頃から通っている『こけし屋』のケーキは、普段のおやつに買える値段のものばかり。安くておいしくて新鮮で、こういうお店が一番ありがたいですよね。きっとこれより質は落とさない、これ以上値段はあげない、という明快な基準がおありなのでしょう。そのバランスのよさこそ、長年住人に愛されている理由だと思います。新しいケーキもありますが、私が好きなのはもっぱら昔からあるオーソドックスなもの。パティスリーではなく、洋菓子の範疇のケーキで、懐かしい味なのに、決してもっさりしていないところがまたいいんですよね。

それから、『ポチコロベーグル』も、これが作りたい味なんだろうなということがはっきり伝わってくる店。姉妹で1日に売り切れるだけのベーグルやお菓子を焼いているんですが、自分たちのスタイルを朗らかに通しているところが素敵だなあと思って。ベーグルは噛み応えがあって、ぐっと引きがあるというか、粉の味がしっかりしています。重量感があるので、1個だけ買うこともあります。うちは二人暮らしですが、スライスしてトーストして半分ずつ食べてちょうどいいの。

デパートもショッピングセンターもない西荻窪ですが、最近はよその街からやってくる人が多いようです。結局、特徴のあるお店の“そこにしかない味”が求められているのかもしれませんね。

【西荻窪】こけし屋

平松さんが長年親しむ、『こけし屋』のケーキ。ラム酒がたっぷりしみこんだ〈サバラン〉220円。 
軽いスポンジ生地と重めの焼き菓子の生地を合わせて圧縮し、煮りんごとパイ生地をのせて再び焼きあげた、手の込んだお菓子。ずっしりした重量感に驚くこと間違いなし。〈ナショナル〉165円。
愛らしいいちごショートはやはり一番の売れ筋。スポンジも、そしてクリームもふわふわ軽い。〈ショートケーキ〉305円。
「40年でいったい何個このサバランを食べたのかしら。軽いけどしっかりした味です」と平松さん。ブリオッシュ生地にスプーンを差し入れると、ラム酒のシロップがしみ出す。生クリームの下にはカスタード。
ケースには手頃な価格のケーキがずらり。栗のケーキは何種類かあるが、昔ながらのスタイルのモンブラン人気は根強い。
本館2階の喫茶室。店名にちなんで、こけしがそこかしこに。早い時間帯にはのんびりモーニングを楽しむ常連の姿も。レストランではフランス料理をいただける。
洋画家、鈴木信太郎の描いた包み紙。クッキー等の焼き菓子は地方発送も可。

日々の“おやつ”にぴったり、飽きのこない、老舗の素直な味。

今年で創業70周年のこけし屋は、街のランドマーク的存在。多くの文人や画家たち、なにより住人に愛されてきた。店舗6階で作られるケーキや焼き菓子は、昔ながらの正統派。「それぞれに熱心なファンがいて、昔から作り続けているものが多いですね。〈ナショナル〉は毎日作らないので、早い時間に売り切れてしまうことも」と、マネージャーの荻野さん。誠実で素直な味に心やすらぐ。

JR西荻窪駅南口を出れば、赤い旗が目に飛び込んでくる。

こけしや●東京都杉並区西荻南3-14-6 TEL:03-3334-5111 営業時間:本館9時〜21時(喫茶9時〜17時30分 レストラン11時〜14時、17時〜21時 食事1時間前・喫茶30分前LO)※別館11時〜21時(20時LO) 火曜休

【西荻窪】ポチコロベーグル

姉の松尾綾子さん(左)、妹の幸子さん(右)の二人で営む。上右・〈プレーンベーグル〉200円。「そのままでもおいしいですが、焼くならしっかりと。カリッといい焼き色をつけてほしいですね」とは綾子さんの弁。
主に姉が作るケーキ類は、すっきりした後味を目指して。右上から時計回りに、〈バナナケーキ〉385円、〈レモンケーキ〉289円(1切れの価格)、〈苺のキッフェルン〉300円(4個入り)、〈レモンスクェア〉450円。
ほかにも季節感を大切にした焼き菓子がたくさん。クッキー類は妹が担当、1枚でも満足できるよう、あえて、しっかりした甘さに仕上げる。

作りたいのは毎日食べられる、“おにぎり感覚”のベーグル。

進学を機に仙台から上京した姉妹は、たまたま遊びにきた西荻窪に魅せられ、8年前にベーグルと焼き菓子の小さな店を開いた。粉の甘味がシンプルに感じられるベーグルは、具材がこぼれないようにとの配慮から、中央に穴を開けていない。「量産できない分、ひとつひとつ心をこめ、しっかり手でこねています」と、妹の松尾幸子さん。季節によって種類が変わる焼き菓子も評判だ。

西荻窪駅から徒歩3分ほど。小さなかわいらしい店は階段をのぼった先に。

●東京都杉並区西荻南2-22-4 2F TEL:03-5941-6492 営業時間:11時〜19時 火曜・水曜休

平松洋子(ひらまつ・ようこ)●エッセイスト。大学進学以来、西荻窪と縁が深い。最新編著『忘れない味』(講談社)、本誌連載をまとめた『暮らしを支える定番の道具134』(小社刊)が発売中。

『クロワッサン』995号より

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