判断を間違えれば、子どもの命が失われるという重圧に耐え切れず、震えながら現場に向かっていた長谷川は、段々と成長していく。
「彼はもともと強い人間ではなかったんです。けれど、真実を話してくれない子どもにも何回も会いにいくし、どれだけ罵られても決して見捨てない。そうやってまっすぐ向き合っていくうちに、一見わがままに見えた子どもたちも、心の奥底では“親に認められたい、愛されたい”と願っていることを知る。そして、最初は子どもたちの悲鳴にしか聞こえなかったライフバンドのサイレン音にまた違う意味を見出すんです。それは彼が児童救命士を続けていく上できっと心の支えになるはず。たとえ思い込みであっても、自分なりの答えを見つけられた時、人はもっと強くなると思うんです」
一方で、長谷川を見守る先輩救命士・新堂の暗い過去も、物語が進むにつれて明らかになっていく。
「勤務中に銭湯に行ったり、普段は冗談で周りを笑わせる新堂にも、隠された過去があるんです。それは、批判されるべき愚かなことかもしれないのですが……」
ほかにも、同級生をいじめてしまう中学生など、さまざまな事情を抱えた人が物語には登場する。だが、小林さんは簡単に彼らを責めたくないのだという。
「理不尽な世の中に怒りを感じて、それをぶつけようと物語を書き始めても、最後まで書き終えると、結局誰に怒ればよかったんだろうと思うんです。本当は、みんなただ必死に生きていただけなんじゃないかと。完璧な人間なんていないし、誰しも弱い部分がある。だから、道徳的な正しさよりも、登場人物がどう生きてきたのかを大切にしたかった。彼らの過去を知ってどう思うかは読む人それぞれでいい。だけど私は、この先どんなに残酷な物語を書いたとしても、“人間って悪くないな”という気持ちを忘れずにいたいと思います」
弱さを認めた人間が“今”を力強く生きていく姿を確かめてほしい。