くらし

『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』著者、辻 真先さんインタビュー。「地元でも博覧会のこと、知らないんです」

漫画家ならではの観察眼で難解な事件を読み解く〈那珂一兵シリーズ〉最新作は、総天然 色風味で描くミステリ。東京創元社 2,200円

時は昭和12年、場所は銀座のとある夜店。当時、1丁目から8丁目まで切れ目なく続いていたという、仮設店舗がずらり並ぶ夜店の内で似顔絵を描く少年と、モデルとなっている新聞記者嬢の応酬から物語は始まる。

つじ・まさき●1932年、名古屋生まれ。アニメや特撮の脚本家として幅広く活躍しながら、’72年、ミステリ作家としてデビュー。現在もTVアニメ『名探偵コナン』の脚本を手がける。近著に『残照 アリスの国の墓誌』『義経号、北溟を疾る』など。

撮影・青木和義

似顔絵描きを生業とする「まだほっぺたの赤い少年」の那珂一兵が、新聞社の要請で記者の瑠璃子と、名古屋で開催されている博覧会へと赴くが、前代未聞の事件に巻き込まれ……。

その後の展開は、「博覧会の夜、名古屋で美女が消え、血の雨が降る……」と帯の惹句が謳うとおり。不可解な殺人事件が起こるなか、伯爵と呼ばれる高貴なる趣味人、大陸で名を馳せる富豪と愛妾、甘粕正彦と関東軍将校といった人物たちが闊歩し、一兵はいつの間にやら謎解き役となっていく。純粋に推理小説としてのトリックのおもしろさもさることながら、この物語の魅力の核は、随所に現れる“時代性”にある。主な舞台となる「名古屋汎太平洋平和博覧会」も、そのひとつ。まさに日本が長い戦争へと突入する前夜、名古屋で博覧会が開催されていたことは、今では知る人もほとんどない。が、辻真先さんはその場にいた。

「子どもの頃のことでよく覚えています。一番の思い出は、実際に遊んだ遊具。プラスティックなんかない時代、全てが木製の遊覧船があって。水の上ではなく、波形に切り抜いた木に乗っかって、ひとり転がって遊んでました」

鮮やかに蘇る昭和初期の 銀座、そして名古屋の町並み。

今では地元でさえ、博覧会があったことは知られていないという。

「東京でもほとんど報道されていなかった。当時、平和の2文字は忌み嫌われていましたから。5月末に博覧会が終わり、7月には盧溝橋事件が起きている。中国は2つもパビリオンを出してくれていたのに。平和をつぶすなんて、本当に訳ないことですよ」

そうした世相とともに、鮮やかに描き出されるのが、当時の名古屋や銀座だ。冒頭の夜店や、初めて訪れた一兵の目を通し語られる、名古屋の市電や繁華街などの様子。それは子どもだった辻さんが、記憶に留めてきた光景でもある。

「名古屋鉄道が柳橋の交差点から出ていたのを知っている人はもう少ないと思います。栄町の交差点がZ形に歪んでいたというのもね。日銀の裏側に銭湯があって市電をまたいでよく通ってたから、あの辺りは空で覚えてますよ」

あちこちに実体験がちりばめられ、そのディテールがリアリティとなり、壮大かつ絢爛な探偵小説の世界を支えている。物語の中盤以降、一兵に謎解きの糸口を与える栄町のおでん屋『辻かん』は辻さんの実家で、登場人物も周囲の店もすべて実在していたものだ。

「覚えていることを洗いざらい使いました。もうこれで、忘れていいや」と、辻さんは笑う。

失われた町並みを散策し、甘やかに懐かしい世界に浸り、一兵とともに謎を追う……極上の娯しみがそこにはある。

『クロワッサン』985号より

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