一筆箋の素敵な使い手を取材。ノンフィクション作家 星野博美さんのミニメモと万年筆で綴るメッセージ。
撮影・清水朝子
【ノンフィクション作家 星野博美さん】 一言だけでも手書きで添えないと、落ち着かない気持ちになるんです。
とにかく紙に字を書くのが好きだという、作家の星野博美さん。
「原稿もいまだに4Bや6Bの鉛筆で書いているんです。“手で書く”というのはなんともいえない楽しみがある。そんなに筆まめではないのですが、なにか届けるときなど、一筆添えないと落ち着かない気持ちになります」
そうして見せてくれたのは、お菓子の空き缶に仕分けられた用紙の数々。
「これが一筆箋。ここには小さいメモ。こちらはポストカードです。一筆箋やポストカードは美術館や博物館で買ったものが中心で、音楽が趣味の人には楽器を抱えた人物が描かれているエル・グレコ、歴史好きには南蛮美術の絵のものなど、送る相手がわかってくれそうなものを選ぶようにしていますね。ミニメモはもっと気軽に、出かけた先で立ち寄った文房具店で気に入ったのを見つけたら即買い! 小さい頃から文房具が好きだったけれど、なかなか買えなかったリベンジです」
原稿は鉛筆だけれど、こうしたメッセージを書くときに使うのは万年筆。ドイツの老舗万年筆ブランド・ペリカンから、1950年代に発売以来、定番の名品〈スーベレーンM405〉だ。
「読売文学賞を受賞したときに自分へのご褒美と買ったものです。『丸善』の店頭で全部の万年筆を試し書きしてみたところ、これはペン先が柔らかくて書き味がダントツでした。キャップの頭にペリカン印があるのも決め手。どこかに動物がいるものが好きなので」
カートリッジはコストパフォーマンスが悪いと、インクはボトル入りをまとめ買い。高校生のときから使っているデスクで、猫の形のミニメモに、ロイヤルブルー色のインクでサラサラッと書き上げる。気さくに話しかけられるようなこんなメッセージを受け取って、うれしくないはずがない。
「一筆箋よりも短くて済むときに、このミニメモをよく使います。その時間もないという場合には付箋を貼って、一言だけでも書き添えたい。逆に、少し長くなりそうなときも、便箋を前にすると変に気合が入ってしまって書きづらいので、ポストカードに。数枚使って①、②…と書くこともありますよ」
同じ手紙でも打ち出されたものは書類のように感じてしまう。一方、小さなメモでも手書きの文字からは、人となりすらうかがえる。
「最近、手書きの文字を見ることが少なくなりましたね。字がプライバシーみたい。でも、デジタル社会になって、そういう肌触りのようなものが、とくに大切になるのではないでしょうか」
星野博美(ほしの・ひろみ)●ノンフィクション作家。『転がる香港に苔は生えない』で2001年、大宅壮一ノンフィクション賞、『コンニャク屋漂流記』で2011年度読売文学賞を受賞。近著は『今日はヒョウ柄を着る日』
『クロワッサン』975号より
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