実家の片付けで考えた“居心地の良さ”について。│束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」 | アートとカルチャー | クロワッサン オンライン
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実家の片付けで考えた“居心地の良さ”について。│束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」

40代の人なら多くの人が抱えている実家片付け問題。ネットの記事などでも、実家がもので溢れ、それを片付けにわざわざ実家に帰ったのに、捨てる、捨てないで両親と大げんかになった、という話を頻繁に目にする。

私は10年前に実家での生活を始めた。物置の床から天井までぎっしり詰まっていたものを家族総出で朝から晩まで、2カ月かけて片付け、そこに自分の荷物を入れた。両親にとっては、ずうずうしい娘の場所を作るために、自分たちのものを捨てさせられた、という意識は強い。「捨ててみるとスッキリ! 気持ちも整った」というのは、もう少し若い世代の話のようで、「捨てる」ということを悪だとしてきた両親にとって、私のような子供は敵なのだ。

仮住まいのつもりだったのに、今年で実家暮らし10年目。母屋の改修工事に伴い、またバトルが始まった。それでも10年前と違うのは、70を超える両親が、私たち姉妹に「残す」ことを考え始めてくれていること。そのことで「捨てない」ということが「残す」ことではない、ということにも気づいてくれた。

私の方は、両親にとって居心地のいい家というのは、片付いている家ではない、ということにも気づいた。だから私は、両親のためではなく、自分の勝手で掃除をする。「残す」ことを意識してくれる両親は私のわがままを、あるときははねつけ、あるときは黙認する。絶妙なバランスでバトルしながら、やっとここが私たちの家になっていく。

束芋(たばいも)●現代美術家。近況等は https://www.facebook.com/imostudio.imo/

『クロワッサン』977号より

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