美しいものと暮らすって、こういうことでしたか……。『ウィリアム・モリス ーデザインの軌跡』│金井真紀「きょろきょろMUSEUM」
展覧会のチラシの1行目にこう書いてあった。「役に立たないものや、美しいと思わないものを、家に置いてはならない」。ドキッ。わたしはうろたえつつ、独りごちる。「モリス先生はそない言わはるけどな、そんなんむつかしいで。家ん中には必ずいらんもんがあるねん」。京都・山崎の坂道を歩くと、なぜかヘンテコな関西弁が口をつくのである。
坂を上り、木立を抜けると、アサヒビール大山崎山荘美術館があった。これがまたとんでもないステキ空間。100年ほど前、めちゃくちゃセンスのいい実業家のおっちゃん、加賀正太郎さんがつくった英国風の邸宅だ。窓枠も柱も暖炉も、隅々までこだわっている。そこにモリスの作品が展示されているのである。あぁ、これ以上の贅沢があろうか。
モリス先生は、なんにでも手を出した。大量生産品が出回る時代に、手仕事を守るという使命感に突き動かされ、壁紙、刺繡、染物、織物、ランプ、タイル、ついには本と活字まで。
500時間以上かけてタペストリーを織り上げたとか、80回も文字をデッサンして字体を作ったとか、エピソードがすさまじい。相当な頑固オヤジだったんだろうなぁ。
言ってみれば、モリス先生も加賀のおっちゃんも、「身の回りのもの全部が美しくなければ気が済まない」病だ。その病に罹患した人にしか見えない地平がある。時代を超えて残るものがある。憧れる。「けどな、その病、結構しんどいで」とわたしの中の謎の関西弁が、相変わらずぶつぶつ言っている。
金井真紀(かない・まき)●作家、イラストレーター。最新刊『パリのすてきなおじさん』(柏書房)が発売中。
『クロワッサン』976号より
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