美術館や博物館のミュージアムグッズが面白い!
撮影・黒川ひろみ 文・嶌 陽子
最近、美術館や博物館のミュージアムグッズが面白い! 十数年前からミュージアムグッズを研究している大澤夏美さんが、東京・港区のデザインの展示施設「21_21 DESIGN SIGHT」を訪れ、同施設の舩山洋平さんと一緒にさまざまなグッズの制作秘話、そして全国各地の個性豊かなミュージアムグッズについてじっくり掘り下げる。
大澤夏美さん(以下、大澤) こちらの展示施設は何といっても安藤忠雄さんの設計による建築が印象的。オリジナルグッズもこの建築をモチーフにしているものが多いですよね。
舩山洋平さん(以下、舩山) 当館では2017年の開館10周年を記念してオリジナルグッズを作ったんです。その際、「建築の一部を記憶だけではなく、ものとして持ち帰れるように」というコンセプトのもと、ミニチュア建築模型やコンクリート製の壁の写真をプリントしたトートバッグなどが生まれました。
●21_21トートバッグ
大澤 トートバッグは私も大好きで愛用しています。ミュージアムのトートバッグって、既製のバッグに所蔵作品の写真をプリントしたものも多い中、これはテキスタイルから作っていて、サイズや持ち手の長さまですごく考えられていますよね。
舩山 リサーチを重ねた末に決めた形やサイズです。スタッフの中にも愛用者は多いんですよ。
大澤 よいものであることの証拠ですね。ミニチュア建築模型も本当に格好いいです。
舩山 実際の安藤忠雄さんの設計図から起こして作っています。どんなパッケージにするか、組み立ての説明書をどうわかりやすくするかなども含め、開発に1年かかりました。
●21_21ミニチュア建築模型
大澤 ミュージアムの財産を生かして作られるのがオリジナルグッズですが、こちらは建築やロゴを重要な財産としてさまざまなグッズに広げているのが素晴らしいと思います。
舩山 オリジナルグッズ以外にも、企画展ごとにショップの担当者がテーマに関連するグッズや書籍をセレクトして販売しています。
大澤 全てのグッズを一から開発するのは時間的にもコスト的にも難しいでしょうから、企画展のテーマに沿ってどんなものをセレクトするかというのもミュージアムの個性を出す大事な手段ですよね。
舩山 ちなみに2年前にショップがリニューアルして「21_21NANJA MONJA(トゥーワン・トゥーワン・ナンジャモンジャ)」という名前になったんです。訪れる人に驚きやワクワクを提供したいというのがコンセプト。僕が今日着ているコンクリート壁をモチーフにしたTシャツ〈CONCRETE T SHIRT〉も、四角形に畳むと一枚のコンクリートのように見えるもの。ほかにも折り畳むと建築の屋根の形になる〈ROOF BAG〉など、ユニークなグッズが加わりました。
●CONCRETE T SHIRT
●ROOF BAG
実用性だけではなく、持っていて幸せになれるもの。
大澤 どのアイテムもクオリティが高いですが、開発にあたって大切にしていることは何ですか?
舩山 どんなに時間がかかっても、建築の素材感やロゴカラーは忠実に再現するようにしています。たとえばバッグもコンクリートの壁の色を出そうとしたものの、最初は全く色が合わず、担当者が制作現場と何度もやり取りして調整を重ねました。ロゴカラーのブルーの色も、再現性にはこだわっています。〈21_21グラフィックプレート〉もそのひとつ。
●21_21グラフィックプレート
大澤 これも好きです。館内のトイレなどの案内サインまでもがグッズになるなんて!
舩山 当たり前に身の回りにあるデザインというものについて、こうしたグッズを通してあらためて考えるきっかけになってくれたらいいなと。
大澤 確かに、デザインと日常をつなげてくれるフックの一つになりますね。しかも細かくて繊細な作り。
舩山 ロゴやサインの大きさ、厚みなど、ミリ単位でこだわってこの形に辿り着いたんですよ。ほかのミュージアムにはない、けっこうマニアックなグッズ。実用性に疑問を感じる人もいるかもしれませんが(笑)、僕はブックマークとして使ってます。
大澤 実用性だけではなく、マニアックな気持ちも受け止めてくれるところもミュージアムグッズの魅力。「持っていて何だか幸せ」っていう気持ちにさせてくれるんですよね。
舩山 大澤さんは、いつ頃からミュージアムグッズの研究をしているんですか?
大澤 2011年からです。資料として保管しているグッズは2000点以上ありますね。
舩山 それはすごい!
大澤 ミュージアムショップって、十数年前まではあくまで美術館の付帯施設という位置付けだったと思うんです。ところが社会状況が変わり、近年は美術館にとって収益の面からも広報の面からも重要な役割を担うようになってきた。そこからグッズも一気に多様化してきました。
舩山 僕もほかの美術館のグッズはすごく気になって、よく買っています。この前も展覧会でハンカチを買いました。アイデアや価格、使い心地なんかをチェックしちゃいますね。
大澤 私は全国のミュージアムのグッズを集めているんですが、所蔵品などの実物を、ここまでやるかっていうほど忠実に再現しているものもあります。「古代オリエント博物館」の一筆箋(1)は、所蔵品の粘土板文書がモチーフ。粘土板文書というのは古代の書類や手紙に当たるもので、当時の人はそこに楔形(くさびがた)文字を刻んでいたらしいんですが、この一筆箋の表紙には、粘土板の表面がものすごくリアルに再現されているんです。
(1)古代オリエント博物館(東京都)粘土板文書一筆箋
舩山 実際のメモ帳にしようという発想が面白い。この陶磁器のマグネット(2)も本物に近い質感ですね。
(2)松岡美術館(東京都)東洋陶磁名品マグネット
大澤 「松岡美術館」のものです。立体作品をグッズにするのは難しいと思うんですが、これは精巧にできていますね。マニアックだなと思うのは、「東京都高尾ビジターセンター」のピンバッチ(3)。高尾山の自然解説員が普段話している内容をモチーフにしているんです。ムササビが食べて穴が開いた葉っぱとか。
舩山 ムササビだけだったら「可愛い」で終わってしまうけれど、これならムササビの食べ方の習性もわかって興味が広がりそうです。
(3)明治の森高尾国定公園東京都高尾ビジターセンター(東京都)山のお宝シリーズピンバッチ
グッズを買うことが、ミュージアムの応援にもなる。
大澤 「夢二郷土美術館」の紅茶(4)や「山種美術館」のハンカチ(5)など、私立のミュージアムは、グッズの売り上げが大事な収入源となっている場合もあるんです。
(4)夢二郷土美術館(岡山県)夢二郷土美術館×高梁(たかはし)紅茶《立田姫(たつたひめ)》限定缶入り 夢二ブレンドリーフティー 30g
(5)山種美術館(東京都)ミニタオルハンカチ
舩山 購入することが、ミュージアムの応援につながるんですね。
大澤 私立ではないですが、「京都国立博物館」でもグッズの売り上げの一部が博物館の文化財保護活動の支援に使われています。
舩山 名品おりがみ(6)もトラりんポーチ(7)も、パッケージにその旨が書いてありますね。
(6)京都国立博物館(京都府)名品おりがみ
(7)京都国立博物館(京都府)トラりんポーチ
大澤 “体験できる”グッズもありますよ。「福岡市美術館」には、自分で絵付けできる博多人形(8)があるんです。所蔵品がモチーフになっていて、本物そっくりに塗るもよし、オリジナリティを発揮してもよし。
舩山 絵付けを体験すれば、もっとじっくり実物を見たくなるかも。
(8)福岡市美術館(福岡県)「Master Road」シリーズ
大澤 「PLAY! PARK」のトートバッグ(9)は館内のワークショップなどで描いた絵を差し込める作り。「静嘉堂(せいかどう)文庫美術館」の曜変天目(ようへんてんもく)茶碗のぬいぐるみ(10)は、サイズ感など手に持った感覚が味わえます。
(9)PLAY! PARK(東京都)トートバッグ「FRAME BAG」
(10)静嘉堂文庫美術館(東京都)ほぼ実寸の曜変天目ぬいぐるみ
舩山 可愛い! 体感することで、作品の記憶も強く残るでしょうね。しかし本当にいろいろなグッズがあって、どれもクオリティが高い。
大澤 最近はグッズを制作するメーカーの数が増えていて、ミュージアム側もいろいろなことにチャレンジしやすくなっているんだと思います。
ミュージアムグッズがアートへの入り口になる。
舩山 自分の思い出のためだけでなく、ギフトにしたりすることで周りの人とシェアできるのもグッズのいいところ。見た人がそこからアートやデザインに興味を持ってもらえたら。そういう意味では、「これは一体何に使うの?」と思うくらい面白いものもいいのかなと思います。
大澤 決まったジャンルのミュージアムにしか行かない人って案外多い気がしていて。そんな人も可愛いグッズを見たら、普段は行かない美術館に行ってみようかな、となるかもしれない。アートの世界への入り口となる力がグッズにはあるんです。しかも可愛いや面白いだけではなく、学芸員などの監修がしっかり入って、学術的な裏付けもある。専門家の英知が詰まっているのが魅力です。
舩山 どのグッズも、作品や作者へのリスペクトがあるんですよね。そうでないとこんなに質の高いものにはならないでしょう。「好き」にこだわり、愛情を持って作られている。そんなことにも思いを馳せながら、ミュージアムショップでグッズを手に取ってもらえたらうれしいです。
『クロワッサン』1118号より
広告