そんな南房総生活の素晴らしさを触れ回っていた吉田さん、ある手記の翻訳を依頼される。著者はアイルランド出身のマーク・ボイルさん。多くの社会問題の根本的な原因は「お金」であると気づき、2008年にイギリスで、「1年間お金をいっさい使わずに暮らす」と宣言した青年だ。邦訳は2011年に紀伊國屋書店から『ぼくはお金を使わずに生きることにした』と題して発行され、話題を呼んだ。
移動は徒歩か自転車、ブログ更新用のパソコンの電源は太陽光発電で。食料は栽培するか採取、あるいは都市の廃棄食品をリサイクルして確保。マークさんの行動や思考を逐一訳しながら、「わかるわかる、と頷く一方で、よくやるわ、とあきれたり(笑)。けれど、彼の理念はシンプルで明快です」
人間も生態系の一部であることをわきまえ、最低限必要なものを自然から分けてもらいつつ、周囲にも無償で提供する。そうした「贈与」の積み重ねが普通になればお金に頼る必要はなく、諸問題も解決する︱︱マークさんが〝ローカルな贈与経済〟と呼ぶ新たな経済の在り方に、吉田さんは深く共感する。
「売買でも物々交換でもない。見返りを求めずに与えることで人々の間に絆が生まれ、やがて自分にも恩恵が巡ってくる。そう考えるのが贈与経済です」
それは取りも直さず、日々、吉田さんの周囲で繰り返されている「おすそわけ」の光景だった。
「作物を分かち合い、作業を手伝う。身近なやり取りが贈与経済だったんだと。目が開かれる思いでした」
実験的な1年の末、豊かで創造的な暮らしを手にしたマークさんにも、「これでいい、と背中を押された気がします」。