「車1台がやっと通れる細い道なので、気をつけて来てくださいね」。事前にそう伝えられていたとおりの狭い農道を抜けると、刈り入れの終わった小さな田んぼと、その隣の奥まった場所に立つ趣のある農家が見えてきた。千葉県のほぼ南端、南房総市。12月初旬の暖かな陽の当たる前庭で、吉田奈緖子さんが出迎えてくれた。吉田さんは12年前に夫とともにこの南房総に移り住み、翻訳業のかたわら、地域の友人たちと交流しながら田んぼや畑を耕す〝半農半翻訳〟の暮らしを送っている。
この日はちょうど、友人たちとのごはん会。集まっていたのは、吉田さんの田んぼの〝師匠〟である志村洋子さん、鶏卵農家を営む渡邊明子さん、舞台の美術やアート作品を作っている坂本真彩さん。日頃から野菜や米作りに関する情報を交換したり、イベントがあれば一緒に手伝いに行ったりする、気の置けない仲間たちだ。
テーブルに、次々と手作り料理が並べられていく。いただきもののカリフラワーで作ったピクルスに、庭先でとれたキクイモのきんぴら。メインは吉田さんの田んぼでとれた玄米ご飯と、野菜たっぷりのカレー。産みたての卵もあるから、豪華に生卵のせにもできる。米粉入りのパンと、デザートにはきんかんのパウンドケーキまで。なんておいしそう……と見とれていると、「こちらではさほど珍しくないけれど」と、吉田さん。「贅沢ですよね。昔の自分には想像もできないことでした」