どの酒器で晩酌しよう? 妄想に酔いしれる……。│金井真紀「きょろきょろMUSEUM」
美術館に行ったら「自分が買うつもりで見ろ」とは赤瀬川原平さんの教え。わたしはそれをアレンジして「どれかひとつあげる、と言われたらどれをもらおうか」という図々しい観点で鑑賞することにしている。すると毎回、「これ、うちのトイレに飾るといいかも」「うーん、これはもらって帰っても邪魔になるなぁ」なんて、かなり失礼な妄想をしながらウロウロすることになる。
さて今回の展示物は酒器。お酒好きのわたしは、最初から前のめりである。ホームパーティー用の大徳利がいいだろうか、独酌にぴったりの渋いぐいのみにしようか。もらう気まんまんで展示物を物色した。
まず目を引いたのは、明の時代の「酒海壺」。広口の水がめ風で、お酒五升は軽く入りそう。壺のまわりに「清」「香」「美」「酒」の文字が刻まれている。酒の海の壺ってネーミングもいいですなぁ。
江戸時代の酒器も豪華絢爛だ。徳川吉宗が特注した逸品とウワサされる鍋島焼の水注やら、手描きの花模様が華やかな京焼のお銚子やら。こりゃあ、酒がスイスイ進みますよ。さあさあ、もう一献。なーんて、いにしえの酒飲みたちの声が聞こえてくる。あーどれにしよう、迷う!
しかし、そこでわたしはハタと気づいた。こんなお宝で飲んで、果たして気持ちよく酔えるだろうか。倒して割ったり、落として欠けたら、と考えたらヒヤヒヤしてしまう。むう、小心者のわたしには、名品での酒盛りは無理だ。やっぱりコップ酒にしておくか。
金井真紀(かない・まき)●作家、イラストレーター。最新刊『パリのすてきなおじさん』(柏書房)が発売中。
『クロワッサン』975号より
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