くらし

【紫原明子のお悩み相談】子どもを感情的に叱ってしまいます。

『家族無計画』や『りこんのこども』などの著書があるエッセイストの紫原明子さんが読者のお悩みに答える連載。あなたもお悩みを投稿してみませんか?

<お悩み>
今年三歳になる女の子を育てているシングルマザーです。私自身、厳しい家庭で育ったせいか、叱り方が私の母親のように、感情的で頭ごなしに子供を叱りつけてしまう事が多く悩んでいます。その後のフォローがシングルの為、難しいのです…。
紫原さんご自身は、子供さん叱る際はどうされていましたか?

(相談者:nazuさん/40歳の会社員です。今年三歳の娘を育てているシングルマザーです。 )

紫原明子さんの回答

nazuさんこんにちは。子どもを感情的に怒ってしまうこと、ありますよねえ。特に私の場合はまだ離婚前、不仲の夫と暮らしていたときのが、より多くありました。今思えばあのときは、子どもを叱る体裁で、夫に助けを求めていたんですよね。私はこれくらい精一杯子育てしてる、もう限界、分かってほしい、協力してほしい、と。

なので、離婚してからの方が自ずと感情的に怒ることが減りました。結婚を続けることに諦めがついたのとほぼ同時に、感情のリミッターを外して大きな声を出して怒っても、誰かがその声に気付いて優しくしてくれるわけではないと、こちらの方にも諦めがついたような感じだったんです。

 また離婚してからしばらくは、正直なところ子どもに対して負い目がありました。でも、私が負い目を感じたら子どもたちは自動的に可哀想な子になってしまうわけで、だから、なるべく負い目を持たないようにしなければいけない、と思いました。そこで考えた結果、パパとママが離婚したことで、生活が前よりよりもっと楽しくなった、と子どもたちが思えたらいいのではないかと思い至りました。だから、子どもたちと楽しいことをできるだけたくさんやろうと決めたのです。

ところで私は先日、「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」という映画を観ました。この映画は、世界一の夢の国、フロリダディズニーワールドの目と鼻の先にあるモーテルで暮らす、無職のシングルマザーと、6歳の娘の物語です。宿代のために、ときには近隣のリゾートホテルで観光客相手に偽物の香水を売り歩くような二人。この作品はサブプライム後のアメリカの貧困の実態をリアルに描いた作品として評価を受けており、会場ではすすり泣く声も聞こえてきました。けれども私はこの映画で、部分的に希望を感じたことがあって、その中の一つがこの母と娘の関係です。全くギスギスしてないんです。母と娘はいつだって一緒に踊ったり、ふざけたり。しつけとか教育は一切なされないけれども、お互いを大切に思っていることはひしひしと伝わってくる。悪友みたいな関係なんです。

今の社会の中で、私たち子どもを育てる親が引き受けなければならない責任って、すごく大きく、重く、多岐に渡っています。情緒の安定も、教育も、規則正しい生活も。特に日本では何もかもを親だけがやるべきと思われています。忘れ物をさせないとか、虫歯を作らないとか、脱いだ靴下を自分で洗濯カゴに入れるとか、一つひとつは些細なことでも、仕事から帰って、これらすべてを子どもに毎日、毎回やらせ続ける、確認し続けるって、死ぬほど根気がいることですよね。マジメに全部やってたら、オニババみたいな顔しか子どもに向けていられません。

だから、こんなことをいうと怒られるかもしれないけど、しつけはもう全部をちゃんとやろうとせず、ある程度諦めていいんじゃないかと思うんです。特にお子さんは3歳とのこと。たとえばもしふざけて台所で小麦粉をぶちまけるようなことがあったとしても、1回や2回なら、いっそ二人で小麦粉ぶちまけ合って遊んじゃったらどうでしょう。疲れたらもうその日はシャワーだけ浴びてさっさと寝て、片付けは翌日、体力が回復してからやる。そして食べ物を粗末にしてはいけません、といった道徳的な話はまた別のときに教える、と。

ちょっとずつ知恵がついてきて「ねえママ、食べ物を粗末にしてはいけないのになぜあのとき小麦粉をぶちまけて遊んだの?」なんて娘さんが聞いてきたら「Oh!そうだった。あのときはどうかしていたので小麦粉も食べ物だってことを失念していた」とか言っておく。そんな感じで、日常においてnazuさんがお子さんと同志になって楽しむ割合を、ちょっとずつ増やしていくんです。

 子どもってどうしても予測不能、制御不能な動きをするもので、親が子を育てるということは、一義的にはそういった奔放な動きを律していけるように仕向けるということなのでしょう。でも一方で、そういった制御をとっくに覚えて、当たり前のようにそういう風にしか生きられなくなっている私たち大人というのは、毎日何かしら息苦しさを抱えていて、毎日何かしら窮屈だなって思いながら生きてませんか? 嬉しいことがあっても飛び上がって喜んだりはできないのに、怒るときだけびっくりするほど声を荒げてしまったりします。それってもしかすると、大人としての毎日の中で抑圧し続けているものが、怒りをきっかけに一斉に噴出してしまっているのではないかとも思うのです。だから、本当は子どもを叱るべきときに、自分も一緒になって叱られるようなことに興じる、そうやって、怒り以外のポジティブなタイミングで感情を解放する訓練をするというのは、他ならぬ大人のためにも、もしかしたら意味のあることなのではないかと思うんです。

イラスト:クロワッサン編集部・どーなつ

紫原明子● 1982年、福岡県生まれ。個人ブログが話題になり、数々のウェブ媒体などに寄稿。2人の子と暮らすシングルマザーでもある。Twitter

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