地図を広げる(2)──空想地図作家・今和泉隆行さん×地図地理芸人・小林知之さん
撮影・高橋マナミ 文・黒田 創
「地図が身近にある生活で、7歳から空想地図を描いています」
右・今和泉隆行(いまいずみ・たかゆき)さん 空想地図作家。1985年生まれ。空想地図(実在しない都市の地図)作家として各方面から注目。著書に『考えると楽しい地図』(くもん出版)など。
「大好きな国旗について調べる過程で地理に興味を持つようになりました」
左・小林知之(こばやし・ともゆき)さん 地図地理芸人。1980年生まれ。お笑いコンビ「火災報知器」メンバー、構成作家。『世の中のアレコレを地理で考えてみた』(三笠書房)の著書を持つ。
実在しない都市の地図を緻密に描く「空想地図」をご存じでしょうか。今回登場するのはその第一人者である今和泉隆行さんと、地理好きが高じて地図会社の仕事にも携わる芸人の小林知之さん。今和泉さんの作品は現代美術として各地の美術館で展示されるなど、近年注目の分野。旧知の仲の2人が、架空都市「中村市(なごむるし)」の地図を前に語り合いました。
小林知之さん(以下、小林) 中村市の地図はネット上では見たことがあるけど、紙で見るとやっぱり壮観だなあ。人口は何万人くらいの想定なの?
今和泉隆行さん(以下、今和泉) 154万人です。紙に出力している地図は最新版ではなく、今も少しずつ更新しているんです(詳しくは全体図も見られるサイト〈空想都市へ行こう!〉https://imgmap.chirijin.com/を参照)。私は12歳の頃に中村市の原型を作り始めて、中断を挟みながらもかれこれ30年近く更新を続けている、という感じですね。
小林 この地図が面白いのは、歴史的背景をちゃんと感じられる点。たとえば川の近くには工業地帯があって、ある時期までは栄えて市の人口を増やす要因にもなったんだけど、今は逆に工場があるせいで周辺の街がやや衰退しているという。自分の頭の中で勝手に工場を作って勝手に衰退させてる(笑)。
今和泉 大きな川沿いには工場があるでしょ?という。私は中村市の市長ではなく、これくらいの規模の都市であれば工業地帯はこの辺、ニュータウンはこの辺になるだろうなあ、とあくまで客観的に眺めている立場で、理想の街を作ろうとしているわけではないんです。
小林 今和泉さんがすごいのが、中村市内にある架空のコンビニやスーパー、企業のロゴやキャラクター、さらにはレジ袋や商品のパッケージまで作ってしまっている点。
今和泉 商店街のアーケードに掲げられていたであろう看板なんてものもあります。それらは各界のクリエイターが作ってくれたものも多いですね。
今和泉さん作の架空都市・中村市の世界
地図に親しむようになったきっかけは……。
小林 今和泉さんが地図に興味を持ち始めたのは、何がきっかけだったの?
今和泉 5歳の時に横浜から東京の日野市へ引っ越したのですが、両親も土地勘がなく、ネットもない時代なので、冊子状の地図を買って新聞と一緒に居間に置いてあったんです。私はそれをしょっちゅう開いては「スーパーはここ」「幼稚園はここ」「駅に行くにはこの道」と見るようになりました。
小林 なるほど。地図を見るのが生活の一部だったわけだ。
今和泉 ごく自然な流れでしたね。今の子どもたちがタブレットで動画を見るのと同じ感覚。小林さんは?
小林 僕は子どもの頃から国旗が好きで、図書館で図鑑を見たりして調べているうちに、国旗って大抵世界地図と一緒に載っているから「この国旗の国ってここにあるんだ」というところから地図に親しむようになりました。あと、実家が古本屋兼ゲームショップを営んでいたのも大きいですね。
今和泉 それは素晴らしい。街の文化拠点だ。
小林 当時はファミコン全盛期で、売り物の攻略本が家にあるわけ。で、『ドラゴンクエスト』などRPGの攻略本を開くとゲーム内の世界のマップが載っているじゃない。それを「この地図カッコいい」なんて思いながら眺めていました。だからどちらかというとビジュアルから入った感じかな。空想地図を描き始めたのはいつ頃から?
今和泉 7、8歳の頃には描いてましたね。小さい子が遊びで迷路を描くような感覚で始めたのですが、市街地や農村部を描き分けたり、バス路線図なども加えていきました。
小林 まるでゲーム『シムシティ』を紙の上でやるみたいな。
今和泉 同じ時期には他県の地図も見るようになり、行ったこともない地方都市への興味がどんどん膨らんだんです。あと近所に市政図書室という行政関連の資料がある図書館があったんですけど、そこには「多摩ニュータウン開発前の地図」なんて普通の本屋や図書館にはない貴重な地図があって。それを部分コピーさせてもらい、家で貼り合わせる作業を趣味でやってました。
小林 大判地図をコピーして後で貼り合わせるのは僕もやったけど、高校生の頃だもんな。小学生は早熟すぎる。
今和泉 コピースキルを取得したのはけっこう早かったかもしれません。
小林 それをコピースキルと言っていいのかどうか(笑)。
今和泉 子どもの頃に図書館が近所にあるって、地図に親しむきっかけとして大きな要素かもしれない。日本や世界、ひと通りの地図が揃っていて住宅地図まである。図書館なら多少帰りが遅くなっても親には怒られないですし。
小林 僕は近所の図書館を「ここにあるのが世界のすべての本だ」と思っていたけど、小4の時に自転車でもっと大きな図書館に行ったらそれどころじゃなかった。地図の種類も豊富だしね。
今和泉 自転車に乗り始めると、田んぼの畦道や知らない住宅街を通ったり、寄り道するんですよね。それで一気に世界が広がり、もっと遠くへ行きたいと思うようになりました。今では47都道府県の約500都市を回っています。
小林 授業でどんな先生に出会うかも大事。中学校の社会科は歴史寄りの先生だったけど、高校の社会の先生が話す地理の話が無茶苦茶面白くて。あとその頃、祖母が住む福島の喜多方に遊びに行ったんだけど、隣の会津若松が昔の城下町のつくりで、自分が住む住宅街と違ってカッコいい!って。それで一気に地理学への興味が湧きましたね。
今和泉 会津若松は城下町の構造を掴むのにいいんです。戦災を受けていないから大正時代の建物も残っているし、道路も広くまっすぐという感じではなく、車だと通りにくい鍵型の城下町ならではの通りがたくさん残っている。
小林 中3の時にその先生から、日本大学には地理学科があって、進学するには日大の付属高校に入るといいよとアドバイスをもらい、高校、大学と地理学を専門的に学ぶようになったんです。
今和泉さん「昔は孤独な趣味でしたけど、公言できるようになりました」
小林さん「僕らは地図趣味における『ハンズ』のような存在」
いつまでも話がつきない2人。今和泉さんが提げているのは架空都市・中村市にある架空コンビニのレジ袋!
世の中は「地図好き」を地図記号好きと誤解している!?
今和泉 地図の識者という立場で取材を受けると「好きな地図記号は何ですか?」って質問されたりしませんか。
小林 ある! でも好きな地図記号なんてないし、考えたこともない(笑)。
今和泉 それは文学好きな人に「どの明朝体が好きですか?」と質問するようなものじゃないですか。
小林 そこで僕が「好きな地図記号は三角点」と答えたところで話は広がらないよね。「広葉樹の記号」でも「それは珍しいですね」とはならないでしょ。
今和泉 ただ、地図に関する書籍を書く前にどんな類書があるか調べたら、地図記号に関する本と、47都道府県の形や特産品を覚えようといった本ぐらいしかなかった。多くの人がイメージする「地図に詳しい人」イコール地図記号に詳しい人、なんだろうなあ、というのは実感しますね。
小林 小学校の地理の授業も、まず地図記号を覚えたりするもんね。そしてそれが試験に出るから、大人になっても「地図=地図記号」と思われている節がある。でも地理や地図の楽しみって、暗記じゃない部分にあるんですよ。
今和泉 でも私のような活動が表に出るようになったのは、ネットやSNSの登場が大きいですね。それ以前だと、空想地図を作っている人たちはみんな「こんなことやっているのは自分だけだ」と思っていた。でも各々がネット上に発表することで「あ、ここに同志がいた!」と初めて判明したわけです。
小林 今和泉さんが2013年に『タモリ倶楽部』に出演したのも大きかった。
今和泉 『ブラタモリ』でタモリさんが地理学的知識を広めたのもそうですね。今まで地図の趣味人はこっそりやっていたけど、タモリさんのおかげで地図は公言していい趣味になった。だからこの分野に若い人たちが増えているのをイベント等でも実感しますし、SNSでもどんどん繋がっていますよ。
小林 地図業界って特殊で、もともとは土木系技術者集団の男社会だし、営業の仕方もBtoB。でもグーグルマップの登場で危機感を覚えて、一般向けにもアピールしないといけない、ということで今和泉さんのようなクリエイターや、僕のような地図芸人が「何か面白いことできませんかね?」と呼ばれるようになったんです。
今和泉 小林さんなんて地図会社の広報担当になりましたもんね。
小林 僕らの役割はいわば『ハンズ』や『ロフト』みたいな手軽なチェーン店だと思っているんです。地図の世界の楽しさを知ってもらう入り口というか。「専門店はもっとほかにもあるんですけど、ある程度のことはここで教えてあげられますよ」という。
今和泉 やっていることはディープだけど、それをいかにポップに見せるか、という意識はありますね。でも地図ってグーグルマップなどで誰でも気軽に見るものだから、おいしいレストランとか目的地に行くためだけに使うのではなく、そこに辿り着くまでの過程も楽しむためのツールとして、「地図を読む」という楽しみを知ってもらえるとうれしいです。
小林 無料でもらえる中にもデザイン的に楽しい紙の地図はたくさんありますから、まずは手に取ってもらえればと。
チラシまである! まるでリアル都市
多種多様な小林さんの地図コレクション
『クロワッサン』1164号より
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