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『東西の味』稲田俊輔 著──信奉する食の書き手から学ぶ、料理への視線

UHB北海道文化放送アナウンサー。報道情報番組『みんテレ』ほかに出演中。SNSでの読書や北海道グルメの投稿も好評。廣岡俊光さんが紹介する一冊。

文・廣岡俊光

『東西の味』 稲田俊輔 著 集英社 1,870円
『東西の味』 稲田俊輔 著 集英社 1,870円

北海道で生活を始めて20年がたちました。わたしが住んでいる札幌から車で1時間ほど走った町にある小さな漁港の朝市は、今まさに活況を迎えています。客のお目当て、それはウニです。わが家も訪れるたびにキロ単位で購入します。大きなポリ袋に入ったトゲトゲの塊を家に持ち帰ると、さっそく強固な宝箱のような殻をはさみでやぶる。海藻をたっぷり食べて、鮮やかな橙色に育ったそれを匙ですくう。そのまま口の中へ放り込む。芳醇で濃厚なとろとろは、大げさではなく「この瞬間のために寒く長い冬を越えたんだ!」と叫びたくなる甘露。テーブルの上に転がる殻付きのエゾバフンウニは、広島で生まれて岡山で育ったわたしにとって、当時想像もつかなかった食卓の光景です。

前置きが長くなった上に、つい北海道のおいしい自慢になってしまいました。今回ご紹介する『東西の味』がテーマにしているのは、料理の味の違いについてです。著者はスパイス料理の数々でファンを魅了するレストラン「エリックサウス」の総料理長、稲田俊輔さん。食に関する本や記事を多数執筆されています。

本書で取り上げられている料理はうどん、餃子、から揚げ、お好み焼きなど、ジャンルとしては実に日常的なもの。そんな親しみ深い料理の味の違いが、稲田さん自身の体験と感性によって極めてマニアックに深掘りされています。

稲田さんのことばの使い方は、とにかく秀逸です。グルメサイトにも料理本にも出てこない特有のことば、イナダ語(すいません、ファンすぎて勝手に名付けました)の数々。中でもわたしのお気に入りが『最適解』と『周縁の民』です。

『最適解』とは、例えば中華料理を食べたいときに、日本人好みにアレンジされた料理が出てくる店や誰もが知るチェーン店を選択すること。失敗が少なく、安心できることが重要。世の中のマジョリティです。一方で『周縁の民』は、熱量や自身の好奇心を優先する人たちを指します。中華なら「ガチ中華」一択。たとえ食べづらくても、何ならマズくたって構わない。本場の味やクセの強さを味わえることが最優先の人々です。

「フードサイコパス」を自称する稲田氏は、界隈に新しい名を付け概念を作り出すに留まりません。その凄みは「自分たち周縁の民は少数派であることを自覚し、多くの人々の気持ちを分かっていないことを理解しなくてはならない」と訴える点にあります。グルメヒエラルキーでの頂点の良さを理解した人、いわゆるグルメが、そうでない大衆を教え導く構図とはあきらかに一線を画する、徹底した周縁・辺境からのまなざしが本書でも貫かれています。

食を語ることばは豊かなようで、実は暗黙のルールに縛られている。わたしがXに綴り続けている、食の備忘録「#ヒロろぐ」は、そんな漠然とした気持ちをきっかけに始めて10年がたちました。わたしの立っている場所から見えるこの世界を、わたしだけのことばを携えて歩き回りたい。洋の東西を問わず食べることを、これからも楽しんでいきたいものです。

  • 廣岡俊光 さん (ひろおか・としみつ)

    UHB北海道文化放送アナウンサー

    報道情報番組『みんテレ』ほかに出演中。SNSでの読書や北海道グルメの投稿も好評。

『クロワッサン』1167号より

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