『見えるか保己一』著者 蝉谷めぐ実さんインタビュー ──「史実の裏側にあるものを描きたかった」
撮影・鳥羽田幹太 文・中條裕子
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これまで実在の人物を主人公として描いたことがなかった、という蝉谷めぐ実さん。
「デビューから歌舞伎をテーマに書き続けて3作、一度違う世界にも挑戦したいと思って。平安時代への興味から平安装束の着付け講座に通いました。そのときの座学で源氏物語や枕草子についての講義があり、こうした物語が今に至るまで完璧な形で残っているのは、江戸時代にある学者がいたからだという話を聞いたんです」
それが全盲の国学者、塙保己一(はなわ・ほきいち)だった。平安時代を知ろうとして出合う──不思議な縁である。
「その際、偉業を成しているにもかかわらず、塙保己一は世に知られていない、誰か広めてくれないだろうかと先生が話されていて」
「それは私じゃないか!」と、蝉谷さんは思ったのだという。そこから資料を読んでいくと、保己一は日本全国に散らばる古典を分類し、膨大な叢書(そうしょ)として刊行した偉大なる学者だと改めてわかった。
「保己一についての資料は、弟子がまとめたり、その偉業を伝えるために残されたものが数多くあるんです。ただ、私が書くにあたって、偉人伝にはしたくなかった。評伝の裏側、逸話が並ぶ間にあるものを拾い上げて描きたいという思いがありました。たとえば、最初の奥さんは子どもができてすぐ、娘を置いて行方をくらましている。けれど資料に詳しくは書かれていない。その削ぎ落とされている部分に、人間としての保己一や、目が見える人と見えない人のすれ違いがあったのではないか、と。そこを拾い上げて描きたかったので、保己一とその周りにいる人たちの物語となりました」
偉業を成した天才、保己一を聖人化、超人化せずに描く
史実としてのエピソードではなくその裏側を探る、それが蝉谷さんが試みたこと。そうして描かれた保己一は、人間的で魅力的だ。7歳にして目が見えなくなるが、抜群の記憶力で一度耳にした軍記物などは、一言一句違えず覚えてしまう。幼なじみの仲間たちの間でも一目置かれ、才を生かすために15歳で江戸に出てからは、政府公認の盲人の自治組織に入る。そこで大いなる挫折を体験しながらも、学問で頭角を現していく。それは史実だが、ここには保己一と彼をめぐる人たちとの、さまざまな交流や葛藤が描かれている。
「保己一は目が見えずとも、江戸時代にこれだけの偉業を成している。天才側の人間です。カリスマ性があったと書かれがちですが、彼がいたからこそ苦しんだ人がいたはず。保己一を描くうえで聖人化しない、超人化しない、というのは柱としてありました」
そうした視点から語られるからこそ、妻や学者仲間、弟子たち、そうした目が見えるものたちとのすれ違いや自身の懊悩など、人間としての塙保己一の姿が浮かびあがるのだろう。それは、ただ輝かしいだけではなく、暗さも湛えているからこその深みを持った生涯だったのだ、と心に響いてくる。
『クロワッサン』1164号より
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