考察『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』24話 蔦重(横浜流星)とてい(橋本愛)運命の出会い「一緒に本屋やりませんか。本当は店、続けてえんじゃねえですか?」ここまではよかったのに…バカッ!
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
漢籍に通じている丸屋てい
物語も折り返しに差し掛かって来た24話。蔦重(横浜流星)と丸屋てい(橋本愛)は運命の出会いをした。
「吉原の蔦屋耕書堂には一万両積まれても売らない」
日本橋・通油町にある丸屋の店舗の売却を、ていから名指しで拒否された蔦重。
それに対して扇屋宇右衛門(山路和弘)が提案した「奥の手」とは、扇屋の常連である亀屋の若旦那(濱田和馬)に丸屋を購入させるというものだった。
これは、いわゆる名義貸しではないか。現代でも江戸でもアカンやつ。
すぐにバレるのではという蔦重の懸念通り、契約前にあっさりバレた。
見抜いたのは、てい。証人一同が署名し、あとは自分が署名するだけの契約書を一読して、契約者名が亀屋の主人ではなく若旦那という不審な点からぴしりぴしりと詰めてゆく。結局、名義貸し作戦は失敗した。
事なきを得て、改めて丸屋の買い手を探す地本問屋仲間の集まりで、ひとこと述べるよう促されたていは
「千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰ゆ、と申します」
中国の思想書『韓非子(かんぴし)』から引用して、耕書堂進出という小さな穴から日本橋・通油町の格が大きく損なわれるのだと地本問屋仲間に説こうとする。
前回23話(記事はこちら)では「富は屋を潤し徳は身を潤す」と『礼記』を引用していたし、漢籍に通じている。知識が備わっているだけでなく、契約書の不審な点と亀屋若旦那の不自然な言い分を看破する。聡明な女性だ。
そんなていの言葉を鶴屋喜右衛門(風間俊介)は「あぁ。ま、一番の策は買主を見つけてしまうことでしょう」と遮った。失礼だなあ、感じ悪い。鶴屋が感じ悪いのは、今に始まったことではないが。
鶴屋喜右衛門は証人の一人として署名捺印しておきながら、ていが指摘するまで契約書の不審点に気づかなかった。漢籍に通じている丸屋てい。鶴屋喜右衛門は、この賢い女性に対して若干イラッときてないか。
だってあんた、見掛け倒しじゃないか
名義貸し契約失敗で、仕切り直しの忘八連合作戦会議。
交渉の材料に、「丸屋の女将さんがほしくてたまらないものを出せねえかな」という若木屋与八(本宮泰風)の言葉をきっかけに、皆で考えてみる。そこに、大黒屋りつ(安達祐実)から、
「男?」
身も蓋もない提案が。そうだ! 蔦重が女将さんを落とせばいいんだ! と一瞬盛り上がるものの、秒速でりつが「ごめん、やっぱ忘れとくれ。だってあんた、見掛け倒しじゃないか」と取り消してしまう。蔦重は見た目はいいが、男女の機微にはからっきし疎い。
駿河屋市右衛門(高橋克実)、松葉屋半左衛門(正名僕蔵)も、
「無理筋だ」「次どうします?」
蔦重のことをよく理解している人物ほど、ハナっからこの案を却下することに笑う。
丸屋の女将さんを色恋で口説くのはともかく、交渉するなら情報がほしい。蔦重は情報通の戯作者・平秩東作(木村了)、人気絵師・北尾重政(橋本淳)に相談した。
北尾重政の情報。丸屋の先代は「うちの娘は女だてらに漢籍が読める、(寺で)手ほどきを受けている」と自慢していた、丸屋の女将さんが懇意にしている寺に行ってみたらどうか。
漢籍を学ぶ娘を父が自慢する世の中になっている! 昨年の大河ドラマ『光る君へ』を思い出した。漢籍を暗記した幼い紫式部は父に「お前が男であったらな」とため息をつかれていたのだ。江戸時代は、女性が学問を身に着けることを評価する社会になったのかと喜びたい。だがしかし、鶴屋喜右衛門はじめ地本問屋仲間が『韓非子』の一節を引用するていに対して、けして好意的な反応ではなかったことと考え合わせると、先代の丸屋の自慢は、子煩悩な父としての思いだったのだろう。
蔦重は、ていが足を運んでいる寺を覗いてみた。
ていは、寺の和尚・覚圓(マキタスポーツ)に往来物(学習教材)、赤本(児童向け書籍)を寺で学ぶ子どもたちの教材にしてほしいと願い出る。
戦乱の世が治まった江戸時代。商業の発展に伴い、読み書き算盤など実践的な教育が必要となった。武士の子らは各藩の藩校で学んだが、町人の子らが通う公的な教育機関はなかった。そのため、関西では「寺子屋」、関東では「手習所」「筆学所」などと呼ばれた私的教育施設が都市部を中心に次々と成立。その動きは徐々に地方に広がり、地域差はあれ、子どものための学問所は日本全国に開設された。
17話(記事はこちら)で新之助(井之脇海)が農村で「子らに読み書き算盤を教えているのだ」という台詞があった。寺子屋での学習指導者は覚圓のような僧侶のほか、学者、村の庄屋、商家への奉公で読み書きを覚えた商人、武士などバリエーションに富んでいたようだ。
明治16年(1883年)、明治政府による全国の教育史調査によると、幕末には16000以上の寺子屋があったという。明治政府の下で小学校が整備されるまで、寺子屋は日本の教育インフラとして大きな役割を果たしたのだ。
てい「屑屋に出せば本は本ではなく、紙屑となり果てます。それは本の身となれば、不本意にございましょう。けれど、手習いの子らの手に渡れば、本の役目を立派に果たせることとなります。子らに文字や知恵を与え、その一生が豊かで喜びに満ちたものになれば本も本望、本屋も本懐というものにございます」
それは蔦重が平賀源内(安田顕)から示された「書を以て世を耕し、国を豊かにする」という大志と同じだ。また、ていの言葉は「本にとっては不本意」「本も本望、本屋も本懐」など、韻を踏んでいる。ツルツルと地口が飛び出す蔦重と同じ。
蔦重とてい。それぞれが持つ個性は、相通じるところは案外多いのではないか。
「このままではていが本を読めなくなる」と眼鏡を誂えてくれた亡き父の愛情を振り返るてい、ろくでもない男に騙され、店を畳むことになった自分が情けないと声を震わせるてい。その揺れ動く姿を見つめる蔦重の胸に、これまで抱いたことのない感情が芽生える。
そして、ていの本屋としての心意気と思いに打たれた蔦重の表情。それを映し出す照明、映像が美しい。
忘八連合with蔦重
扇屋宇右衛門が次なる作戦を立てた。
丸屋の借金の証文の一部を買い上げ、債権者として丸屋に明け渡しを迫るという。
……それは、地上げってやつでは。名義貸しといい地上げといい、反社会的勢力のやり方そのもの。忘八の親父さま達、個々人には憎めない描写があるが、こういうところがやっぱりアウトローなんだよなと思う。
蔦重は扇屋から提示される作戦に、一応乗りつつも「うーん」「いやぁ……」と渋い顔をする。これは、蔦重が吉原の外の人々との関係を深めたからではないだろうか。北尾重政や朋誠堂喜三二(尾美としのり)、大田南畝(桐谷健太)、元木網(ジェームス小野田)、須原屋市兵衛(里見浩太朗)……。彼らによって正攻法で進む道があることを、蔦重は知った。もちろん吉原のバックアップがあっての現在だが、精神的にも吉原から巣立つべき時期が来ているということなのだろう。
ともあれ、吉原忘八連合とともに日本橋通油町に乗り込んだ蔦重は
「吉原者出入無用 通油町」
名指しの出禁看板を引き抜き、周囲の蔑みの目と声をものともせずに進む。
丸屋ではまさに今、新たな買い手との売買契約がなされようとしていている。買い手は……あら、柏原屋(川畑泰史)さん! 6話(記事はこちら)で鱗形屋(片岡愛之助)が「節用集」(辞書)の海賊版を製作していると訴えた、大坂の書物問屋である。
大衆娯楽出版社の地本問屋・丸屋の後に、医学書、歴史書、漢籍など学術書を扱う書物問屋が入る。
「父は漢籍も好んでおりました。きっと草葉の陰で喜んでいることと存じます」
ていの言葉通り、丸屋にとっても日本橋通油町にとっても、この上ない良い買い手だ。
ついでに言えば、書物問屋なら扱う書籍がバッティングしないので丸屋の向いにある地本問屋・鶴屋にとっても、ありがたい話。
そこへ「ちょいとごめんよ」と雪崩れ込んできた、忘八連合with蔦重! 怯えるていと柏原屋、動じない鶴屋喜右衛門。
「この店のいくらかは俺たちのものなんだ」と扇屋が出した借金の証文に重ねて「それは、私どもも同じでして」と持参した証文を叩きつける鶴屋。
丸屋は、通油町の講からも借金をしていた。講とはこの場合、同じ経済組織の共済のことだ。証文を持っている商人なら、扇屋の策は誰でもやれる。だがやらない。反社会的な真似はしないのだ。ぐうの音も出ない忘八連合の後ろから、蔦重が申し出た。
お初徳兵衛!
蔦重「けど、うちは丸屋さんの暖簾は残しますよ」
驚くていの前に進んだ蔦重は「お初徳兵衛(お初にお目にかかります)蔦屋重三郎と申します」
浄瑠璃『曾根崎心中』の主人公男女の名を地口にして挨拶をした。余談だが、令和7年の現在、横浜流星が出演し空前の大ヒットとなっている映画『国宝』では『曾根崎心中』が劇中劇として演じられる。脚本・演出のちょっとした遊びだろうか。
丸屋と耕書堂でひとつの店にしてしまうのはどうか、「丸屋耕書堂」など堂号を一緒にしてはと提案する蔦重。まさかの合併、事業提携、M&A提案! 重ねて、
蔦重「一緒に本屋やりませんか。本当は店、続けてえんじゃねえですか?」。
おお! 丸屋をどうするかという点から離れ、てい個人の気持ちを尊重してくれたのは、蔦重が初めてだったのではないか。ていの表情から察するに、この質問は的を射たらしい。だが、ていは逡巡し、出てきた答えは否だった。吉原者は江戸市中に不動産を持てないという奉行所のお達しがある、それに背くことは亡父が喜ばぬ。
拒否を予想していたようで「そうですか」と頷く蔦重。深呼吸したあと、
「じゃあ……俺と一緒になるってなぁどうです」「店屋敷の売り買いは難がありますが、縁組は禁じられてねえ。それならお達しには背かねえし、店を一緒にやるのは当たり前」
なにが「じゃあ」なの、バカッ! この流れで、みんなが見ている前で求婚する奴があるか。
ああやっちまった、という表情の大黒屋りつと、観ているこちらも同じ表情になってしまう。そうだった、蔦重はこういう男だった。個人としてのていの気持ちを慮ることはできても、女心への配慮はゼロだ。
「お互い独り身ですし」じゃないのよ、「どうです?」じゃないのよ。眼鏡の奥の目がどんどん冷たくなって、ていの気持ちが氷点下まで冷え切ってゆくのがわかる。
てい「『男やもめに蛆がわき女やもめに花が咲く(配偶者を失った男は汚くなるが、女の場合はモテて身辺が華やかになる)』と申します。花の咲かない女やもめは、縁組をちらつかせれば食いつくとでも? どんなに落ちぶれようとも、吉原者と一緒になるなどあり得ません!」
ですよね……おていちゃん、ウチの重三がごめんねという気持ちである。
りつさん、ありがとう
日本橋からの帰りの飯屋で、反省会のようになってしまう忘八たち。
そこでりつが、芸者衆から得た丸屋の噂話を語る。借金を作って逃げた夫は、もともと結婚前は熱心にていに言い寄っていたらしい、ていは行き遅れだったからその話に飛びついたのだ、と。
江戸は、諸国から仕事を求めて男性が流入した都市であり、初期から中期にかけては圧倒的に男性が多かった。江戸初期の7対3という男女比は、幕末にかけて徐々に半々に近づいていくが、江戸中期はまだ女性が少なく、とくに未婚の娘は結婚相手として引く手あまただったという。
こうした背景を踏まえると、日本橋の商家の一人娘だというのに結婚相手が見つからなかったていの肩身の狭さ、焦りが察せられて、気の毒になる。
父を安心させたくて言い寄ってきた男と結婚したら、相手は三カ月もしないうちに吉原で放蕩を始めて、挙句の果てに借金を残して消えた。
「ろくでもない男だな」と吐き捨てる蔦重に、りつが「あんたは、そのろくでもねえ男と同じに見えたんじゃないのかい」と指摘する。丸屋の女将さんからすれば、蔦重もつけこむ男なのだと。今更びっくりする蔦重。りつさん、ろくでなしのていの夫に怒ってくれて、蔦重にもちゃんと言ってくれてありがとう。
ていの回想の中の夫。いかにも人の好さそうな顔をして、真面目で親孝行なおていちゃんを騙しやがったのか。
扇屋から丸屋に送られてきた請求書からは、夫の遊びぶりが窺えた。7月4日に扇屋の女郎・花扇を敵娼(あいかた)にして7両1分(約70万円以上)を皮切りに、月に3回は通い、しかもだんだん派手になっている。10月13日などは「惣仕舞(そうじまい)」の字まで読み取れる。惣仕舞とは、妓楼一軒の女郎をまるごと買い占めること。その日は扇屋を貸し切り、どんちゃん騒いで芸者衆と料理の払いも含めて116両2分(1200万円近く)。その後も年の暮れまで通い続けて、花扇に着物を誂えてやり毎度宴会で祝儀を出し、請求金額は総額469両。およそ5000万円もの身に覚えのない借金が、突然丸屋父娘に降りかかったのだ。
請求書には天明2年極月(12月)とある。去年のことで、丸屋の先代は娘婿のツケを返済するために方々に借金をし、そのまま亡くなったということか。
遊び尽くしたクソ旦那もクソ旦那だが、半年間ツケで遊ばせた見世も見世だ。
そりゃあ吉原者はお断りだと恨まれますわ……。
丸屋の暖簾を自分で片付けて愛おしそうに撫でるてい。本を、本屋を愛している彼女が報われる日は来るのだろうか。
松前道廣襲来
蔦重の日本橋進出計画が暗礁に乗り上げる一方、大文字屋の誰袖(福原遥)が絡んだ抜荷計画も難航していた。
松前藩の家老・松前廣年(ひょうろく)にオロシャとの密貿易を犯させて、それを口実に松前藩から蝦夷地を召し上げ、幕府の直轄領とするという、田沼意次(渡辺謙)意知(宮沢氷魚)の陰謀。だが、肝心の廣年はおとなしく気が弱い人物で、抜荷という大それた犯罪など、とても実行できそうにない。
業を煮やした田沼父子は、いっそ松前藩藩主・松前道廣(えなりかずき)自身に抜荷をさせようと企てた。廣年が吉原で遊興に耽っていると道廣に明かし、道廣を吉原に誘い出す。
しかしそんな意次の様子を、じっと一橋徳川家の治済(生田斗真)が窺っている。田沼父子は、治済の掌の上で踊らされている──なんてことはないだろうか。
誰袖が意知にそっと寄り添い、
有明のつれなく見えし別れよりあかつきばかり憂きものはなし(壬生忠岑『小倉百人一首』)
(有明の月のように冷たくそっけない別れ以来、夜明け前ほど憂鬱なものはない)
と囁き、これをもじって「いちゃつきばかり良きものはなし」といちゃつく。差し出された煙管を口にする意知に、ボンボン、まんざらでもなさげだなと、なんか腹立つ。
その時、廣年を伴って道廣が大文字屋にやってきた。宴会で上機嫌に踊っているかと思ったら、突然「遣り手ーー‼」と遣り手の志げ(山村紅葉)に、大文字屋の主人・市兵衛(伊藤淳史)を呼べと申し付ける。
ニコニコしてたのに急に怒鳴り出す、怒るタイミングとポイントが掴めず怖い。この怖さで他人をコントロールするタイプの人物なのだろう。
人払いした道廣は、大文字屋市兵衛と誰袖に対し、抜荷について叱責……かと思ったら、「松前家と吉原で琥珀で大儲けせぬか」。
食いついた! この成り行きを隣室から覗き見てほくそ笑む意知。しかし罠にかけたつもりで、罠にかかっていたということはないのか。大丈夫か、田沼家。
売ってくれるの?
柏原屋「浅間山が火ぃ噴いとるらしいんですわ」
江戸時代の浅間山大噴火は、天明3年4月9日(1783年5月9日)に始まったという。しかし人は、襲い来る大災害の予測はできない。これまで通り、営みは続く。
蔦重を訪ねてきた柏原屋が意外な申し出をした。
「うちからあの店、買いまへんか」。
日本橋通油町の丸屋を? 売ってくれるの? 急にどうして、なぜ?
次回予告。蔦重「『陶朱公』の女房になりませんか」今回より200倍マシなプロポーズの言葉だ! おていさん、これなら承諾か。天明3年7の月、天から灰が降り注ぐ。真っ暗な江戸を行き交う人々。10代将軍・家治(眞島秀和)の健康不安。蔦重と鶴屋喜右衛門の関係に変化が? 灰降って地固まるとは、これいかに。
25話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
公式ホームページ
脚本:森下佳子
制作統括:藤並英樹、石村将太
演出:大原拓、深川貴志、小谷高義、新田真三、大嶋慧介
出演:横浜流星、生田斗真、高橋克実、渡辺謙、染谷将太、橋本愛 他
プロデューサー:松田恭典、藤原敬久、積田有希
音楽:ジョン・グラム
語り:綾瀬はるか
*このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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