考察『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』22話 屁の輪の真ん中にまた春町(岡山天音)…源内(安田顕)の死から3年、意知(宮沢氷魚)蔦重(横浜流星)、雪の夜の邂逅
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
友人恋川春町が作りし
22話は恋川春町(岡山天音)に共感し、涙した回だ。
自分は古い。辛気臭い。世の中の流れに乗れない。面倒臭いことを言っている自覚はあるが、これを曲げたら自分が自分でなくなる気がする。苦しくて悶々とする気持ちは、創作者でなくとも覚えがある人が多いのではなかろうか。
宴の席で北尾政演(山東京伝/古川雄大)を盗人呼ばわりし断筆宣言した春町。
蔦重「青本(黄表紙本)が元ネタ引っ張ってくるのは当たり前のことですし、盗人呼ばわりされちゃ政演も可哀そうだと思いますよ」「大田南畝先生(桐谷健太)も評判記(ランキング)はただの遊びだって言ってるわけですし、カッカしなくても」
オマージュ、インスパイアは青本の基本。たとえば、春町自身の代表作『金々先生栄花夢』も中国の『枕中記』(邯鄲の夢)が元となっている。
蔦重の言い分はもっともだ。ただ、古典作品を下敷きにするのと、無生物の擬人化という春町のアイデアを生かした『辞闘戦新根(ことばたたかいあたらしいのね)』をベースとするのは少し違う気がするが、どうだろう。
果たして、編集者目線での蔦重(横浜流星)の説得は功を奏さなかった。
春町の新作を諦めた蔦重が歌麿に「春町風の絵をつけてくれ」と手渡した原稿は、朋誠堂喜三二(平沢常富/尾美としのり)の新作『長生見度記(ながいきみたいき)』。目を通してみると、序文にはこう書かれていた。
友人恋川春町が作りし無益委記(むだいき)を読みつつ、とろとろとまどろみし夢のうちに彼人皇三萬三千三百三重三代にあたりて、いやましに治まれる御代のさまを見侍りしが、無益委記の趣に少しも違ふことなし。而してかの巻に漏たる事をひろひあげて、また小冊とし、あはれ長生きして斯かる事をまさに見たしと思ふなり
(友人の恋川春町が書いた『無益委記』を読みながら気持ちよくうとうとしたら、夢の中で遥か未来に行った。今よりももっと素晴らしく治まるお上の御代を拝見したが『無益委記』が描いた通りの世の中だった。それから『無益委記』が記し漏らした事柄を拾い上げて本とした。ああ、長生きして、こうした物事をこの目で見たいと思うのだ)
恋川春町へのリスペクトと、温かい友情が感じられる一文だ。
歌麿は思案し、喜三二と一緒に春町宅を訪れる。
ふたりは、新作『長生見度記』は春町の『無益委記』を下敷きとしているがよいか、『長生見度記』に歌麿が春町風の挿絵を描いてよいか──つまり、刊行の許可を得たいと切り出す。これは口実で、訪問の狙いはもちろん、春町の断筆宣言撤回である。
勝手にすればよいと不貞腐れる春町に、食い下がる歌麿。そんな歌麿に対して、
春町「お前こそ、どうなのだ。人まねばかりでは面白くなかろう」「もっと己の色を出した絵をとは思わんのか」
歌麿「己の内から出てくる色って……あまり良いものになる気はしないんですよね。俺に限っちゃ」
歌麿はこれまでの人生で、数多くの不幸を経験してきた。自分は不幸せの色しか生み出せないだろうと恐れているのだ。待てよ? ということはこの先、楽しいこと、嬉しいこと、幸福な経験を重ねたら、見る人も歌麿自身も幸せな作品が描けるということではないか。
早くその日が来ますようにと祈る。
春町の皮肉の才能
「そういうお前さんはどうするんだ」と問う喜三二に、春町は本音を漏らした。
春町「世はもう……俺のことなど求めてはおらぬではないか」
北尾政演への嫉妬と卑下、自己嫌悪。こうした苦しさは、多くの表現者が胸に抱えているだろう。
その思いを感じ取ったからこそ歌麿は、春町と同じ戯作者である喜三二に説得のパートナーになってもらった。
絵師・歌麿、戯作者・喜三二。ふたりは「春町先生の絵、好きですよ」「みんなお前さんのやることが好きなんだよ、面白いから真似したがるんだよ」と口を揃えた。
「あなたの作品が好き」「面白い」という言葉がボッキリと折れかけた心の添え木となり、また新たな作品を生む滋養にもなるのだろう。
喜三二「筆を折るなんて言うなよ。俺は寂しくてならないよ」
思いつめがちで傷つきやすい春町を、同じ戯作者として友人として、ずっと気にかけている喜三二。見守る視線や心のこもった言葉など、尾美としのりの好演が光る。
春町は、喜三二と歌麿に付き添われて耕書堂を訪ねた。
この場面は、春町を目にして、南畝と朱楽菅江(浜中文一)が「今、先生の話をしてたんですよ!」と言いかけるのを遮り「じゃあ帰りますよ」と促す元木網(ジェームス小野田)がいい。蔦重と春町で話ができるように計らったのだ。大人の配慮、年の功である。
気まずそうに口を開きかけた春町に、蔦重が先を制す。居住まいを正し「うちで書いちゃもらえませんか」と依頼する。南畝が評価する春町の皮肉の才能、それを新作で活かさないかと。
皮肉かどうかはわからんが、と春町が懐から取り出したのは「恋川春町」を一文字ずつバラバラにして偏(へん)とし、「失」を旁(つくり)としてつけた4つの創作文字。
「恋を失う」で「未練」「川に失う」で「枯れる」「春を失う」で「外す」「町を失う」で「不人気」。
自らを顧みて、恋川春町とはそういう男だと表現するのは、なんとも切ない。そしてもう一枚。「屁に囲まれた屍」で「独り」と読ませる創作文字に、大笑いする蔦重。
春町は、こういった創作文字を『小野篁歌字尽(おののたかむらうたじづくし)』を下敷きにしてやってみてはどうかと新作を提案。小野篁は、小倉百人一首では「参議篁(さんぎたかむら)」として知られる平安時代の公卿。
わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣舟
(大海原に島々を目指して漕ぎ出していったのだと都にいるあの人に伝えてくれ。漁師よ。『小倉百人一首』)
『小野篁歌字尽』は歌人・小野篁にちなみ、和歌の調子で漢字が楽しく学べるように作られた往来物──学習教材である。
春町の提案に乗っかった蔦重は、吉原をテーマに創作漢字集を書いてほしいとリクエストした。そうして生まれた新作が『廓○費字盡(さとのばかむらむだじづくし ○=たけかんむりに愚) 』。『小野篁歌字尽』をもじったタイトルで、インパクトがある。その中身を一部紹介。
女 男
「読み方=みたて 意味=女と男の字の間隔を空けることで、客が籬越しに女郎を品定めする姿を現す」
男女
「読み方=きぬぎぬ(後朝)意味=夜に情を交わした男女が翌朝別れる、女郎が客を見送る。前述のみたてとは違い、男女の字がぴったり付くことで客と女郎の関係の変化も表す」
などなど、次々出てくる恋川春町ならではの諧謔。現代人が読んでも、絵との組み合わせで、なるほどと笑ってしまう作品である。『廓○費字盡』は恋川春町の新境地として、天明3年(1783年)のヒットとなった。
話してきちゃあどうだい
その年の暮れ、耕書堂主催の、絵師、戯作師、職人を労う出版社忘年会。この場面で、さりげなく蔦重のビジネスの背景が説明されている。蔦重がお酌をしながら、
蔦重「細見、往来物、富本本。屋台骨が揺らがず過ごせているのは皆様のおかげ」
遊郭ガイドブックの吉原細見、学習教材の往来物、富本節のパンフレットであり稽古本でもある富本本。どれも地本問屋にとって安定的な収益をもたらす出版物だ。それらを地盤として、蔦重は青本(黄表紙本)、錦絵、狂歌指南書などのジャンルに次々と挑戦できた。まさに屋台骨、「富士より高きありがた山」というやつだろう。
驚くのは、ライバル出版社・西村屋与八(西村まさ彦)から細見改メ(在籍女郎の確認作業)を請け負っていた小泉忠五郎(芹沢興人)がこの座にいること。いつのまにか耕書堂の改メ仕事を請けている。20話(記事はこちら)で蔦重と大黒屋りつ(安達祐実)に業務妨害をされていた忠五郎だが、もう蔦重との間に屈託はなさそうだ。蔦重の人懐っこさ、懐に飛び込む力のなせる業だろうが、商売敵の戦力をするすると手元に引き寄せてしまうあたり、怖いくらいだ。
絵師が集った一角で、北尾政演が「おれ、こっちがよかった」と春町の『廓◯費字盡』を手にめずらしく不満顔である。錦絵ではなく、青本で大評判を取りたかったのだ。
その様子を、恋川春町が見つめている。作家として嫉妬心を抱えているのは自分だけではなかった……それどころか、羨んだ相手が今度は俺の作品を読んで悔しがっている。その姿に驚いたのだろう。そこを逃さず喜三二、お銚子を渡して「話してきちゃあどうだい」。
もう、喜三二先生ったら! 本当にいいひと!
意を決して政演に話しかけた春町、
「いつか『廓◯費字盡』のおっかぶせを作ってくれ」「もっと深く、もっと穿った目で見た、そなたの費字盡(むだじづくし)が俺は読みたい」
皮肉ではなく、素直に相手の実力を認めての言葉だ。その上で手をつき、
恋町「盗人よばわり、すまなかった!」
政演「あの……盗人よばわりって?」
恋町「えっ」
そうそう。思い切って謝ってみたら、相手が全く気にしていなかった。それどころか覚えてさえいなかったというのは、よくあることだ。蔦重の「だから言ったじゃねえですか。誰も気にしてねえって」という言葉に込められたぬくもりに、ホッとした。
皆に打ち解けるために前々から練っていたのか、それとも相談を受けた次郎兵衛(中村蒼)が思いついたのか。春町が皆への謝罪を込めた「花咲男・放屁芸」を披露した。
捨て身の褌一枚で懸命に放屁する春町に、一同大盛り上がり。21話(記事はこちら)の宴と同じく、輪になって踊り始める。「プ!プ! それ、プップ!」
屁の輪の真ん中に、また春町がいる。しかし今度は「独り」ではない。
烏帽子着る人真似猿の尻笑い赤恥歌の腰も折り助
(人真似する猿の赤い尻を笑ったが、下手な歌で自分も赤恥をかいてしまった。※折助とは武家の下男。「折助」と下手な歌を意味する「腰折れ」をかけた)
自省をこめた狂歌を詠んだのは、「どうせ俺なんて」という思いからの解放だ。おめでとう、春町先生。いや、狂歌師・酒上不埒(さけのうえのふらち)先生。ほんとうによかったと、蔦重と一緒に涙を拭った。
耕書堂に、蔦重を支える絵師、戯作師、狂歌師、職人が集う。武士、町人、身分を問わずその才能ひとつで江戸を、日本を豊かに楽しくする人々だ。
蔦重は、耕書堂の名づけ親・平賀源内(安田顕)を思い出さずにはいられない。
蔦重「3年か……」
平賀源内の死、安永8年(1780年)から3年。空から舞い降りる雪は、源内から蔦重への激励のようだ。
この夜に田沼意知(宮沢氷魚)と蔦重の邂逅とは、一体どんな運命のめぐり合わせだろうか。
ここは日々が戦にござりんすよ
田沼意次(渡辺謙)の嫡男・意知は素性を明かさないまま、大文字屋の花魁・誰袖(福原遥)の馴染み客になっていた。誰袖が掴んでいるのは「花雲助」という仮の名と、彼が松前藩の抜荷(密貿易)の証拠を押さえたがっているということ。
誰袖は、松前藩の情報を探る間者(スパイ)を勤める褒美に「身請けしてほしい」と願い出た。
当てにする気はなかった意知だが、松前藩江戸家老・松前廣年(ひろとし/ひょうろく)を籠絡した誰袖から、
「廣年に抜荷をやらせてはどうでありんすか」「身請けをしてくださるなら、この先を進めてもよろしうありんすが」
と持ち掛けられた。確かに、証拠を探すよりは松前藩藩主・道廣(えなりかずき)の弟、廣年に密貿易を実行させたほうが確実だ。それを摘発し、松前藩から蝦夷を取り上げ幕府の直轄領とする。誰袖が廣年にハニートラップを仕掛ける陰謀……。
きな臭い、誰袖にとっても危険な罠だ。意知からのそうした忠告に対して、
「ここは日々が戦にござりんすよ。騙し合い、駆け引き、修羅場。わっちの日々はきな臭いことだらけにござりんす」
そう言ってのける誰袖の凄み。蔦重を無邪気に追いかけまわしていた少女が、これまで一体どれだけ見たくないものを見て、どれだけの苦い経験を重ねて育ったのだろう。花魁の強かさよりも、苦界に生きる女の哀れを覚える。
誰袖の言葉で、意知はこの取引を受けた。
「よし。田沼意知と申す。見事、抜荷の証を立てられた暁には、そなたを落籍(身請け)いたそう」
花雲助が今をときめく老中、田沼意次の嫡男だと悟った誰袖の目が輝く。花魁の一世一代の賭けは、果たしてどう転ぶ。
蔦重と意知の邂逅は、誰袖のもとからの帰りであった。
意知は身分を明かし、蝦夷地を松前藩から召し上げる計画まで話した。蝦夷地の豊かな資源をもとに幕府の財政を立て直す。国全体を富ませる。これは源内の試案でもあると述べ、蔦重にも仲間に加わるよう促した。
吉原の地本問屋に、なにを期待してこの話を? 意知の狙いはどこに。
次週予告。蔦重は吉原から日本橋を目指す。駿河屋の親父様(高橋克実)激怒。この眼鏡ちゃんは!? 出てくるんですか、運命の女性が! 長谷川平蔵(中村隼人)久しぶりの「フッ」。誰袖のハニートラップは失敗? それとも成功? 耕書堂日本橋店、実現か!
23話も楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
公式ホームページ
脚本:森下佳子
制作統括:藤並英樹、石村将太
演出:大原拓、深川貴志、小谷高義、新田真三、大嶋慧介
出演:横浜流星、生田斗真、高橋克実、渡辺謙、染谷将太 他
プロデューサー:松田恭典、藤原敬久、積田有希
音楽:ジョン・グラム
語り:綾瀬はるか
*このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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