考察『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』大田南畝登場(桐谷健太)20話 蔦重(横浜流星)「狂歌は流行るぞ、俺が流行らせるぞ!」「楽しみじゃのう」グラスをくるくるする治済(生田斗真)はなにを待っているのか
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
大田南畝登場
20話はなんといっても大田南畝(おおたなんぽ/桐谷健太)と狂歌連が印象的だった。
蔦重(横浜流星)は、黄表紙の年間ランキング『菊寿草』で、耕書堂『見徳一炊夢』(朋誠堂喜三二)に最高の極上々吉をつけてくれた南畝を訪ねた。がらんとして殺風景、煤けた家である。
蔦重「畳が焼けておりますが」
南畝「十年欠かさず陽は昇り十年欠かさず陽は暮れた。めでてぇこったの太平楽」
蔦重「障子が破れておりますが」
南畝「穴の向こうに富士が見える。あなあなあな穴あなめでたし」
畳が茶色くなっているのは、正月を迎える支度としての畳替えをしていないからだ。それを南畝は、焼けた畳は太陽が昇って沈む繰り返しの日々を十年過ごせた証で、めでたいことだと言ってのける。破れ障子も同じく、穴が空いているから富士山が拝めると。長らく年の瀬に畳表、障子紙を張り替える金がない生活をしているのだろう。
底抜けに明るい南畝とは一体どういう人物か。幕府の下級官僚──貧しい御家人の家に生まれた南畝は、幼い頃から学問に秀で、国学や漢学を深く学んだという。明和4年(1767年)、19歳で狂詩狂文集『寝惚先生文集(ねぼけせんせいぶんしゅう)』で文壇デビュー。中国の漢詩漢文のパロディによって、身近なことがらを風刺を交えて記した。平賀源内(安田顕)が序文を書いたこの本は大評判を呼び、それゆえ、19話(記事はこちら)で大田南畝の名を聞いた蔦重の「ああ、寝惚先生か」という台詞があったのだ。
南畝「了見ひとつでなんでもめでたくなるものよ」
考え方次第で、どんなことでも幸運に思えてくると言うのだ。続く「お母上や御新造様はお留守なのか」という蔦重の問いには直接答えず、
「この折にお訪ねたぁめでてえこって」「おかげで、この煎餅は俺の独り占めだ!」
と、気になる言い回しで返してきた。幼い定吉の母である南畝の妻になにかあったのか。この人は、能天気なだけではないのかもしれない。
ちなみに、蔦重の手土産「竹村伊勢」の巻き煎餅は、実際に売られていた当時の人気菓子。江戸後期の百科事典『守貞漫稿』(天保8年〜/1837年〜)には、半次郎(六平直政)の「つるべ蕎麦」、「吉原細見」などと並んで吉原名物として記されている。ドラマで再現された煎餅はとても美味しそうだった。
蔦重と次郎兵衛、狂歌会へ
南畝に誘われて蔦重と次郎兵衛(中村蒼)が参加した狂歌会は愉快だった。
夏らしく、お題は「鰻に寄する恋」。判者の四方赤良(大田南畝の別名)の着物も鰻の串焼き柄。
あれっ。会主の元木網(もとのもくあみ/ジェームス小野田)、3話(記事はこちら)では『一目千本~華すまひ~』の見本を置いてくれた湯屋の主人として登場しましたね。あれだけの出演ではもったいないと思っていた。元木綱の妻・女狂歌師の智恵内子(ちえのないし/水樹奈々)も同席。この会、なんだか面白いことが起こりそう。
朱良菅江(あけらかんこう/浜中文一)の狂歌を、南畝は真面目くさった様子で「鰻はやはり、むらむらありたい」と添削する。大河ドラマで「むらむら」という言葉を聞くとは思わなかった。
真顔で何を言ってくれちゃってるんですか?
メインカルチャーをベースにして、大人がくだらないことに真剣に取り組むからこそ面白い。これがサブカルチャーの真髄ではないだろうか。
いにしえの和歌のパロディが中心だ。本歌と思われる歌と並べてみよう。
わが恋は鰻の見えぬ桶の内のぬらぬらむらむら乾く間もなし(朱良菅江)
わが袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らね乾く間もなし(二条院讃岐)
(私の袖は引き潮でも海の底に沈んで見えない沖の石のように、人知れず涙に濡れて乾く間がないのです)
来ぬ人を待つほど恨む夕鰻は焼くやも塩かタレ惑ひつつ(土山宗次郎/栁俊太郎)
来ぬ人を松帆の浦の夕なぎに焼くや藻塩の身も焦がれつつ(藤原定家)
(松帆の浦で夕凪に焼く藻塩のように、来ないあなたに私は恋焦がれています)
あなうなぎいづくの山のいもとせをさかれて後に身を焦がすとは(大田南畝)
(ああなんと辛いことでしょう。男女の仲を裂かれた後に恋に身を焦がしているなんて)
南畝のこの狂歌は、かなり技巧を凝らしたものである。まず「あな憂(あなう/ああ辛い)」を「穴(に潜む)鰻」と掛けている。さらに、鰻は山の芋が化けたものという伝承を引用し、妹と背(いもとせ/恋仲の男女)の関係が裂かれることと、鰻の背が割かれることを掛けた。シメは男女も鰻も「身を焦がす」で、土山宗次郎への返歌となっている。
超絶バカバカしいのに超絶技巧、これが即興とは。
土山宗次郎に促されて詠んだ蔦重の狂歌に皆の反応がイマイチだったのは、パロディの体を成していなかったからだ。ただ蔦重は14話(記事はこちら)、吉原忘八連合の狂歌会で楼主たちと小倉百人一首をテーマに即興歌を交わしていた。今回は相手の懐に飛び込むため、わざと不出来な返歌をしたのかもしれない。
次郎兵衛兄さんが南畝先生につけてもらった狂名「お供のやかまし」は「大伴家持(おおとものやかもち)」、土山宗次郎の名乗ったそれは「軽少ならん」は「清少納言」。
知識を踏まえないと何が面白いのかわからない。理解したら、なるほどと膝を打って笑える。蔦重のように会を覗いてみた人は自分も当意即妙な歌を捻りたくなり、本を読んで古典を学ぶだろう。
19話で鶴屋喜右衛門(風間俊介)が恋川春町(岡山天音)に「今の流行は知識はなくともクスリと笑えるおかしなやり取り」と当世売れる出版物を語っていたが、それとは真逆だ。
「狂歌は流行るぞ、俺が流行らせるぞ!」と興奮する蔦重は、江戸文化にムーブメントを起こしてゆく。
汚ねえやり方もアリだって教えてくださったのは
『菊寿草』で極上々吉と評価された耕書堂出版『見徳一炊夢』は、江戸っ子が求める本となった。しかし、吉原者が作った本は江戸市中の本屋では扱わないと鶴屋喜右衛門と西村屋与八(西村まさ彦)ら、日本橋地本問屋仲間が流通を阻んでいる。
そんな折、江戸市中の地本問屋・岩戸屋源八(中井和哉)が『見徳一炊夢』を仕入れにやってきた。仲間内での決まり事に従わなくてよいのかと気遣う蔦重に、
岩戸屋「『見徳』は言い訳が立つから」「今年一番の評判の本を置いてないってなあ、本屋としてどうなんでしょうって言い訳が立つだろ」
その言葉にピンと来た蔦重。江戸市中の本屋が耕書堂の本を仕入れるための、言い訳を作ってやればいいと考えを巡らせる。
標的は西村屋の看板商品・錦絵『雛形若菜』。4話(記事はこちら)で蔦重の立案で始まり西村屋にまるごと奪われる形となったこのシリーズは、その後も西村屋の江戸の最先端ファッション情報誌として続いていた。今年は礒田湖龍斎(鉄拳)から美人画の名手・鳥居清長に絵師を変更するという触れ込みで、呉服屋から入銀(出資)を募っている。
吉原の座敷で交渉すれば、必ず蔦重の耳に入る。なにしろ元楼主で今は芸妓の見番である大黒屋りつ(安達祐実)がついているのだ。「『雛形若菜』の次の絵師は鳥居清長」、この情報を得た蔦重は歌麿に「清長そっくりの絵、いけるか?」と依頼した。
歌麿に描かせた偽清長絵を携え、呉服屋の若旦那と商談する。西村屋『雛形若菜』の半分の出資金で、清長そっくりの錦絵を出しましょうと。その名も『雛形若葉』! パチモンじゃん!
現代でも知的財産権問題になっているいわゆるコピー商品。
それにしてもこの作品の歌麿は、蔦重のためならどんな危ない橋も渡ってしまいそうだ。裏街道から脱出して陽の当たる場所で生きていけそうにはなったが、観ていてヒヤヒヤする。
果たして、西村屋『雛形若菜』への出資話は次々と潰れていった。血相変えて耕書堂に乗り込んできた西村屋に、
蔦重「ありがとうございます。汚ねえやり方もアリだって教えてくださったのは西村屋さんですから」
かつて『雛形若菜初模様』企画を奪われた意趣返しだと述べて憚らぬ蔦重に、西村屋は錦絵商売はそんな甘くないからねと捨て台詞を残して去った。
歌麿「錦絵ばかり気がいってるね」
蔦重「なあ。そろそろ気づくかねえ、あちらのほうも」
なんと、西村屋の「吉原細見」は蔦重たちに改メ(女郎在籍の確認作業)を妨害されていた。大黒屋りつが吉原中の女郎屋に手を回したらしく、楼主たちは西村屋が改メを委託している小泉忠五郎(芹澤興人)に、蔦重が初めて出した『吉原細見・嗚呼御江戸』に掲載されている女郎たちの名を教えていたのだ。『嗚呼御江戸』出版は安永3年(1774年)、今は安永10年(天明元年/1781年)。7年も前の記録だ。
吉原者以上に、吉原のことがわかる人間などいるものかと、蔦重と大黒屋りつが啖呵を切るのが聞こえてくるような仕掛けである。
「吉原細見」の発売は年2回、正月と七月。今から七月の細見の改メをやり直しても間に合わない、いやそもそも、楼主たちに正しく教えてもらえるとは限らない。西村屋は七月の「吉原細見」出版を諦めざるを得なかった。
鶴屋は「細見は大事にしてくださいとお願いしたじゃないですか」と西村屋を責める。
「吉原細見」は、江戸に住む成人男性であれば手に取ったことのない者はいないと言われる出版物だ。女郎の名前だけでなく吉原の年中行事なども掲載され、江戸土産としても人気があった。
大衆向けの書籍を扱う地本問屋で「吉原細見」を置いていないなど、ありえない。
鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)から細見の出版を引き継いだ西村屋の責任は重大だったのだ。
出版元である日本橋の地本問屋らに、小売りの地本問屋たちが詰め寄る。日本橋勢と耕書堂の対立に巻き込まれるのは、もううんざりだ、江戸で一番人気の黄表紙『見徳一炊夢』が扱えない、西村屋の『吉原細見』最新版もない。売上の落ち込みはどうしてくれるのか?「吉原細見」を作っている耕書堂との取引を認めろと。
中心となったのは蔦重が根回ししておいた岩戸屋だ。大手に対して中堅どころが束となって反旗を翻す。この構図は、10話(記事はこちら)で西村屋が吉原の若木屋与八(本宮泰風)ら中堅の見世の楼主を結託させ、忘八連合からの離反を仕組んだ時と全く同じだ。西村屋は気づいているだろうか。
なにからなにまで、徹底的にやり返されている。
日本橋勢を見限り、蔦重と組むことを仄めかした岩戸屋たちを相手に、鶴屋喜右衛門は耕書堂との取引を認めざるを得なかった。
派手に動いた『雛形若葉』売り込みは蔦重による陽動作戦。本当の狙いは、「吉原細見」をきっかけに江戸市中の本屋で耕書堂の本を販売できるようにすること。
蔦重は江戸時代の庶民だが、マインドが完全に戦国武将である。西村屋の手段をなぞったとはいえ、やりくちが無法、アウトロー。相手の裏をかき、どんな手を使っても生き残って自らの勢力を伸ばすのだ。
蔦重は明るく華やか、見ていて気持ちの良い主人公だが、敵に回したくない。
浄岸院様を使ってきましたか!
敵に回したくない男といえば、もう一人いる。一橋徳川家当主・治済(生田斗真)である。
将軍・家治(眞島秀和)は、治済の長男・豊千代(長尾翼)を次期将軍として養子に迎えると決めた。その意向を伝えに来た老中・田沼意次(渡辺謙)に、治済は「今日は何やら硬いではないか」と笑いかける。意次が「本日はお役目で参っております」と苦笑いで答えるところを見ると、このふたりはプライベートで交流があるらしい。そういえば2話(記事はこちら)では、傀儡を一緒に操っていた。
治済は、自身が黒幕である陰謀は全て田沼意次の企みであると世間に思わせるべく謀りながら、意次と親しく交際しているのか。恐ろしい男だ。
豊千代の将軍養子はすんなり運ぶかと思いきや、思わぬところから問題が持ち上がった。
今年8歳になる豊千代には、同い歳の婚約者、薩摩藩島津家の茂姫がいる。将軍の正室である御台所は、宮家か五摂家(藤原鎌足を祖とする5つの名家)の姫──公家出身が習わしなので、茂姫は側室にというのが意次、幕府側の提案だった。が、これに島津家から不服申し立てがあったというのだ。
島津家いわく、豊千代と茂姫の縁組は、浄岸院の遺言だから側室では駄目だと。浄岸院は公家の出で、5代将軍綱吉・8代将軍吉宗の養女であった女性・竹姫である。大河ドラマ『八代将軍吉宗』(1995年)では、竹姫を森口瑤子が演じた。吉宗(西田敏行)が竹姫と秘かに通じ合う設定を受けて、今回の「吉宗公の最愛の女性です」というナレーションがあったと思われる。
浄岸院は、吉宗の養女として薩摩藩5代藩主・島津継豊に嫁いだ。継豊との間に男子を設けることはなかったが、6代藩主・宗信、8代藩主・重豪(しげひで/田中幸太朗)を積極的に養育したといわれる。また徳川家と島津家の縁組を進め、重豪の正室に一橋徳川家から保姫(やすひめ/治済の姉)を迎えさせた。
ドラマ内で意次は「浄岸院様を使ってきましたか!」と呆れたように言うが、上記の経緯から、浄岸院ならそう遺言するだろうなという説得力があるのだ。
浄岸院の島津家輿入れと結婚後のこうした働きかけにより、薩摩藩島津家は、外様大名ながら徐々に幕府への影響を強めてゆく。この先に幕末、明治維新があるのだ。
渡辺謙が大河ドラマ『西郷どん』(2018年)で演じた島津斉彬は、『べらぼう』登場の重豪の曾孫にあたる。
治済は一体、なにを待っているのか
重豪「(茂姫は)側室でも構わぬのですぞ」「なにゆえそこまで、無理筋を通すような真似を。そこまでして田安家を除いてしまいたく?」
意外にも、茂姫は御台所でなくてはという不服申し立ては島津家からではなかった。治済が島津重豪に言わせているらしい。治済はその問いに答えることなく葡萄酒をスワリングしながら、
「楽しみじゃのう」
治済は一体、なにを待っているのか。
一方、田沼意次の用人・三浦庄司(原田泰造)は賑やかな宴席で、一冊の本に出会っていた。『赤蝦夷風説考(あかえぞふうせつこう)』!
老中・田沼意次の前に蝦夷、そのさらに向こうに大国ロシアが現れようとしている。
次回予告。「俺たちは屁だー!」「屁! 屁!」で盛り上がる大田南畝先生と狂歌連。画面の真ん中で、一人まったく盛り上がっていない恋川春町にご注目。悪どい表情を浮かべるえなりかずき、なんだかワクワクしますな。誰袖(福原遥)に身請け話? あれっ忘八連合の中に死んだはずの大文字屋(伊藤淳史)がいる? 蔦重と歌麿のコンビ、快進撃か。
21話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
公式ホームページ
脚本:森下佳子
制作統括:藤並英樹、石村将太
演出:大原拓、深川貴志、小谷高義、新田真三、大嶋慧介
出演:横浜流星、生田斗真、高橋克実、渡辺謙、染谷将太 他
プロデューサー:松田恭典、藤原敬久、積田有希
音楽:ジョン・グラム
語り:綾瀬はるか
*このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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