考察『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』2話「瀬川とお呼びくださんし」平賀源内(安田顕)の心を見抜いた花の井(小芝風花)…愛する人との時間が蘇る、夢のような夜
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
決めまくって来た平蔵
「苦界」と称される遊郭。せめて女達が飢えずにすむようにと吉原の再興を望む蔦屋重三郎(横浜流星)が閃いたのは、ガイドブック『吉原細見』を使うというアイデアだ。
吉原遊郭の地図、引手茶屋、女郎屋、女郎の名前が掲載された案内書の冒頭に、読んだ人が行ってみたくなる紹介文──グッとくる「序」を載せたらどうかと考えた。
そこへ「おう。来たぜ」と長谷川平蔵宣以(中村隼人)、流行りの着物コーディネートで決めまくってやってきた。平蔵の子分、磯八(山口祥行)と仙太(岩男海史)にまでパリッとした今風の着こなしをさせているが、全然板についてない。これなら前回の、がらっぱちな装いのほうが彼らしくてよかったのではないかと思わせる。このあたり、衣装、ヘアメイク、演者の振舞い、全てが細かくて巧い。
しかしこうした、いかにも「遊びにいくために揃えました」という装いを平蔵はどこで調べたの? と思う。
まさにこの安永2年(1773年)に若い男性向けスタイルブックともいうべき傾城買い指南書『当世風俗通(とうせいふうぞくつう)』が出版されて爆発的人気となった。色里でのふるまい方、モテるファッション、イケてる髪型……その内容は1980年代の雑誌『POPEYE』のようだ。カッコよくなりたい、好きな相手に振り向いてもらいたい。こうしたニーズとそれに応えようとする媒体の存在は、今も昔も変わらない。平蔵もこの本を手に取って勉強したのだろうか。
ちなみに、この洒落本の作者は金錦佐恵流(きんきんさえる)という。
蔦重は1話(記事はこちら)で約束したとおり、引手茶屋・駿河屋で呼出花魁・花の井(小芝風花)に引き合わせる。しかし引き合わせても花魁がなびかなければそれまでだ。
宴会中に座っているだけの花の井に「なんかやれよ」と声をかける仙太に、
平蔵「おい! 初会は花魁は口きかねえんだ。野暮なことすんじゃねえ!」
「ぼく頑張って勉強してきたんですよ」というのが丸わかりの、これこそ野暮な台詞。
イキがって子分を叱りつけたあとに花の井の顔色を窺うのも、彼女を引き留めようと蔦重に教えられたとおり紙花を撒くのも涙ぐましく、可愛い。それを見て微笑む花の井。つまり花魁からもチョロいカモ認定されたってことじゃないですかーやだー。
吉原で馬鹿にされるのはいかめしい武士だけでなく、通人ぶった野暮な半可通とされる。勉強しても野暮とされるなら、じゃあその反対、粋とはなんなんだよ! と粋人となりたい人は怒りたくなるだろう。このあたりは難しいが、粋とは余裕から生まれるものではなかろうか。そしてその余裕は、全力で何かを求めた経験を通して得るものではないかと思う。
なりふり構わぬ滑稽さが実を結ぶことだってある。
がんばれ、いずれ鬼平に育つカモ平。破産しない程度に。
平賀源内を探せ
貸本屋として松葉屋を訪れた蔦重に、呼出花魁・松の井(久保田紗友)が「老中・田沼意次(渡辺謙)を客として呼べないか」と声をかけた。
松の井「田沼様ってなぁ、なかなかの男前だって聞きんしたえ」
蔦重「無理ですよ、連れてくるのぁ」
松の井「ま、そう決め込まず。よい折があればお頼みなんし」
松の井は1話でもこの後の場面でも客への手紙を書いていて、かなり営業熱心だ。大物でさえも臆せず掴もうとする、さすがトップ花魁。この場面は松の井と花の井の爪がほんのりピンク色に染まっているのが目についた。鳳仙花とカタバミと葉を揉み合わせた汁で爪を染めているのだ。男性のスタイル雑誌があるなら当然女性向けもある。高貴な女性のお洒落である爪紅(つまべに)は平安時代からあるものだが、女性向け生活知識本『絵本江戸紫』(明和2年・1765年)に掲載されており、このころには庶民に身近なものとなっていることがわかる。
効果的な売り出し文句を依頼したいが、誰がよいと思う? と問う蔦重に、やっぱりあの人! と花の井が挙げたのは平賀源内だ。源内といえば、現代でも「土用の丑の日」を考案したという通説で有名だが、当時は歯磨き粉「嗽石膏(そうせきこう)」の売り文句を考えだしたコピーライターとして知られていた。
『吉原細見』の「序」を平賀源内に依頼するという企画を、日本橋にある地本問屋(大衆向け書籍の企画・制作出版企業)・鱗形孫兵衛(片岡愛之助)に持ち込んだ。企画は快諾してもらえたものの、鱗形屋は「お前がやるなら」と条件をつける。蔦重、自力での源内先生探しが始まった。
田沼意次の経済政策
さんざん探すが見つからない。挙句、源内と繋がりがあるらしい田沼意次の情報をもたらした、厠の男(安田顕)の長屋に立ち戻る蔦重。そこに男がまた厠に現れた。男は平賀源内をよく知っているという。
厠の男「本草学者(医薬学者)であり蘭学者(欧州文化・技術学者)であり浄瑠璃作家であり戯作者でありの希代の才人と名高い平賀源内先生」
視聴者に詳しく解説してくれる。そして、自分は「貧家銭内(ひんかぜにない)」と名乗る。貧家銭内は、源内のペンネームのひとつ。男は自分が何者なのか、すでに結構なヒントをくれているのだが、もう完全に蔦重をおちょくるモードに入っているため、わかりやすくは名乗ってくれない。こうしたことはよくあることなのか、弟子と思しき浪人・小田新之助(井之脇海)も「また始まった」という表情で黙っている。
駆け足で平賀源内を紹介したが、源内の肩書はこれにとどまらず物産学者・地質学者・実業家・発明家・画家・俳人でもあり、その分野ごとにペンネームや画号を持つので、彼の呼び名は無数にある。
源内先生を紹介してもらうために蔦重は、吉原で銭内を接待することになる。銭内は、吉原へ向かう道中、老中・田沼意次の経済政策まで解説してくれる。
そこから場面は江戸城内、老中たちの集まる御用部屋へと変わる。老中とは幕府の最高職、日本の政治を司る人々である。
田沼意次「もはやこの世はすべて金。なにをするにも金が要りようになりまする」
江戸幕府は幕臣への給料を領地と米で支払っていた。領地を与えられた階級を知行取といい、各藩の大名、旗本と一部の御家人がこれにあたる。領地のない幕臣へは幕府の蔵から米が支給され、それを札差(代行業者)が受け取る。札差は幕臣の食料用の米を取り分けたのち、それ以外を米問屋に運搬して相場に見合った額で売却し、その銭を幕臣に渡すのである。武士の暮らしが米の価格の変動に大きく左右されるシステムだ。もちろん、札差は売却代行の手数料も。
最初から給料を銭で払えばいいじゃないかと思うが、貨幣制度にも問題があったのだ。当時、西日本では主に銀貨が、東日本では金貨が流通していた。西日本と東日本で商売をしようとすると金貨と銀貨の両替が必要となる。さらには金貨は枚数で量り、銀貨は重さで量って取引されるという両替の複雑さがあり、変動相場制によるリスクもつきまとった。現代の外国為替市場と同様のことが、国内で起こっていたのである。そこで、
田沼意次「金貨銀貨を凌駕し南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)に統一するのが一里塚」
経済の主導権を幕府が握ってコントロールするために、国内に流通しているお金を南鐐二朱銀で統一するのが第一歩ということだ。そのため銀の大規模採掘を進める必要性を説いたのだが、老中筆頭・松平武元(たけちか/石坂浩二)は「わからん!」と一蹴。本当にわからんのか、田沼意次の意見だからはねつけているのか。
松平康福(やすよし/相島一之)、松平輝高(松下哲)らほかの老中は理解しているものの、筆頭である武元に逆らうことは難しい。そもそも、田沼意次以外の老中は徳川将軍家とのつながりを持つ名門「松平」家の者ばかり。「幕府の命令には力を持つ商人は従わない」という意次の言葉に、
武元「上様の御威光を増すよう努めるが本道であろう!」
具体性に欠けるご意見っスねえなんて言ったら激怒するんだろうなあ。
しかし、言葉にせずとも意次の表情にすべて出てしまっている。話のわからんジイさんだと。これが伝わらぬはずはないから、田沼意次と松平武元との溝は深まるばかりだ。
「ここにも瀬川はいねえのか」
蔦重は、銭内と新之助を夜見世に案内した。松葉屋ってとこに行きたいんだけどと言う銭内に、蔦重は奥のほうが気軽に楽しめますよ! と勧める。
江戸川柳
ここは大見世と四五人すぐ通り
(客4、5人が「ここ大見世だよ」と言いながら通り過ぎてゆく)
大門近くの大見世は敷居も値段も高い。奥に行けば中見世、小見世、リーズナブルな妓楼が並ぶのだ。蔦重はこの接待が自腹濃厚なのでなるべく安く済ませたいが、銭内は松葉屋にこだわる。一体なぜ……。
今夜はお茶挽き(芸娼妓に客がないこと)である花の井が、妓楼に上がった銭内の言葉を耳にした。
銭内「瀬川っていねえの?」
瀬川はこの松葉屋でトップの遊女が継いだ名。しかし今は空き名跡なのだと女将(水野美紀)から聞き、「ここにも瀬川はいねえのか」と、意味深な言葉を呟いた。
座敷持うつせみ(小野花梨)と番頭新造とよしま(珠城りょう)を侍らせての宴席で、吉原が他の岡場所に比べていいところ、アピールポイントはどこかという話になる。
綺麗な女なら岡場所だっているだろう、深川芸者はみんな三味線ができる、料理はまずい。など辛辣な銭内に、でも3000人もいる女の中から、どんな人にも好みの女は必ず見つかるはずだと反論する蔦重。
「じゃあ連れてきてよ」「この世のものとは思えねえ天女のようなのがいい」と、更に銭内は無理難題をふっかける。
銭内の求める相手とは、一体。
花の井の手紙
花の井が常連客に手紙をしたためる。
花の井「硯に向かうと涙が先立ち、気も狂おしゅう会いとうて会いとうて」「ああ。主さんと真っ赤に燃える紅葉が見とうおす」
隣で、禿のさくら(金子莉彩)とあやめ(吉田帆乃華)がポリポリお菓子食べながらキョトンとする。花魁は泣いてもないし気も狂おしゅう会いとうてという様子には見えないけど……? と。要するに「吉原に来てね!」という営業のダイレクトメールだが、水茎の跡も麗しい筆で綴られた熱烈な言葉を送られたら、客も悪い気はしないのだ。
こうして禿は上級女郎の身近に侍って、生活の中で遊女の手練手管を学ぶのである。
1話から松葉屋の広間では女性も幼い子どもも字が読み書きできる場面があり、光り輝いて見えた。しかし一方で、彼女たちにとってそれらが必須であったからということ、少女たちが将来の女郎として育成されていることも併せて描かれる。
どんな時代も、社会は光だけで構成されてはいない。そこには必ず闇がある。
「瀬川」と過ごしたかったのだ
やっぱり銭内にいっぱい食わされたのではと疑い始めた蔦重の耳に「源内先生!」という声が飛び込んできた。銭内に挨拶している男は、平沢常富(尾美としのり)。またの名を金錦佐恵流。そう、色里でモテたい若者向けスタイルブック『当世風俗通』の著者である。
蔦重「平賀源内先生だったんすかぁ!!!」
観ているこちらも、いつ気づくのかなと思ってました。こうなりゃ話は早い、『吉原細見』の「序」を書いてくれと頼む蔦重に源内、「俺、男一筋なのよ」。
源内と蔦重の台詞どおり、平賀源内の男色は江戸でも有名だった。これより10年ちかく前の明和元年(1764年)に『江戸男色細見』という陰間茶屋(若い男娼が在籍した茶屋)のガイドブックまで書いている。
それでもと食い下がる蔦重に対して「お前さんが花魁の格好してくれたら書けるんじゃねえかな」。たぶんこれも彼をからかってのことだろうが、素直に「ほんだすかえ?(本当ですか)」と乗りかけた蔦重に、
「おぶしゃれざんすな(ふざけるな)べらぼうめ!」
外から飛び込んできた花の井! 野郎帽子といい見得といい、男装というより歌舞伎の女形としての姿だ。
花の井の「今宵のわっちは『瀬川』でありんす」という口上に、スッと源内の表情が変わる。平賀源内が男色家であると江戸の人々の間で有名だったのは『江戸男色細見』著述だけではない。大人気歌舞伎役者・二代目瀬川菊之丞(花柳寿楽)の恋人だったからだ。1話で蔦重が朝顔(愛希れいか)に読み聞かせていた平賀源内の著作『根南志具佐(ねなしぐさ)』では、地獄の閻魔大王すら胸ときめかせる存在として二代目瀬川菊之丞を登場させている。その菊之丞は、この安永2年の春に亡くなってしまった。
「瀬川はいねえの?」「ここにも瀬川はいねえのか」
軽口のように見せて、源内は喪ったばかりの恋人を求めていた──と、花の井は見抜いた。
花の井「わっちでよければどうぞ『瀬川』とお呼びくださんし」
そして、源内と『瀬川』ふたりの夜が始まる。
源内「瀬川……ひとつ頼みがあるんだよ」
この「瀬川」の呼びかけの優しい響き! ああ源内は、花の井の言葉通り「瀬川」と過ごしたかったのだ。亡き人にそうしたように名を呼びかったのだ。そして源内は、「舞」ではなく「舞の稽古」を花の井に求める。舞台上で舞う二代目菊之丞は観客皆のものだったが、ふたりで暮らす家での稽古姿は自分だけのものだったからだ。
二度と戻らぬ過ぎし日、愛する人との時間が蘇る。夢まぼろしの夜……。
そして吉原をひとめぐりして書いた「嗚呼御江戸」のなんと洒脱なことか。蔦重の、3000人いる女郎の中にお好みの女はきっと見つかるという言葉をベースに、完璧な女はいないからこそ、あなたのための女がいるのだと男女の機微まで書き込んだ。末尾に「福内鬼外」。浄瑠璃作家としての平賀源内のペンネームだ。
それにしても安田顕が演じる平賀源内はとても魅力的だ。うさんくさくて軽妙で、世の中を見通す目はちょっと恐ろしくもあり、それでいてどこか温かい。
こんなの、みんな源内先生のこと大好きになってしまうではないか。嗚呼。
蔦重と花の井の心
「嗚呼御江戸」の原稿は、花の井の機転によって得られた。美しいだけではない、機知に富み、人の情に通じている彼女だからこそのファインプレー。蔦重と同じく、抱く感想は「すっげえなあ」である。
花の井「吉原をなんとかしなきゃと思っているのはあんただけじゃない」「あんたは一人じゃない」
1話で忘八連合と駿河屋市右衛門(高橋克実)に叩きのめされ、孤軍奮闘を余儀なくされた蔦重にとって、心強い言葉だろう。
この場面は横浜流星と小芝風花の、お互いへの思いが感じられる芝居がとてもよい。源内は蔦重と花の井の心に気づいたようだが、吉原の遊女とそこで働く男の恋はタブーである。
無理にその恋を成就させようとすれば、悲劇が待っている。
吉原で育った「籠の鳥」であるふたりは、心の中まで遊郭の掟によってがんじがらめだ。
御三卿登場
大人気作家でありコピーライターでもある平賀源内の「序」原稿を入手して、鱗形屋は上機嫌だ。しかし原稿を得るまでの経費は「おめえさんが勝手にしたことだしな」とにべもない。『吉原細見』の中身をきちんと改めていただけないでしょうかというガイドブックの内容チェックと更新についても「おめえさんがやるっていうなら、俺ぁ全然かまわねえよ」。
蔦重は大喜びの大張り切りだが、鱗形屋はなんだかんだいって自分は指一本動かさないままだし「お前がやるなら」と企画スタートさせるのも相手の判断にゆだねてるし、これは何かまずい事が起こったら「あいつが勝手にやったこと」となるやつでは? 大丈夫なのか。
ナレーション「将軍家の御血筋が絶えそうになったときに後継を差し出すことがお役目です」
江戸幕府初代将軍・徳川家康が定めた尾張・紀州・水戸の徳川御三家とは別に、8代将軍・徳川吉宗の血筋で構成された、将軍家お世継ぎバックアップシステム一族だ。
御三家とは違って大名ではない。領地もなく江戸に居住しているため参勤交代もなく、集まろうと思ったらドラマのようにすぐに集まれる。
田安賢丸(まさまる/寺田心)に「我らにはなすべきことがあると思われぬか!」と詰め寄られて「子なら成したぞ?」と治済が答える。「我らには子を成す以外になすべきことなどない」という台詞の通り、まさに子を作ることを役目として与えられた家の人々なのだ。
治済「傀儡師になろうか」と笑ったり「まさかのことがあってはならぬしの」とサラッと言ってみたり、そのたびに怖さにギャーッとなる。
このギャーッの理由を、NHKドラマ10『大奥』(2023年/原作・よしながふみ)をご覧になっていた方向けに説明すると、生田斗真が演じているのは仲間由紀恵が演じていたあの人です。
悲鳴の意味をわかっていただけますか。
仲間由紀恵の治済エピソードは大御所問題以外はフィクションだが、生田斗真の治済もなかなかに不気味だ。その目は武元と意次、老中たちの間にある軋みも見逃していない。さあ! これからどうなる!
次週予告。蔦重、駿河屋のおやじ様にめちゃくちゃ怒られる。来週も源内先生がうさんくさい! 平蔵、もっと花の井にハマる。なにげに大河出演が多い、はーらーだたいぞうです!絵師が本格的に登場する!
第3話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
公式ホームページ
脚本:森下佳子
制作統括:藤並英樹、石村将太
演出:大原拓、深川貴志、小谷高義、新田真三、大嶋慧介
出演:横浜流星、安田顕、小芝風花、高橋克実、渡辺謙 他
プロデューサー:松田恭典、藤原敬久、積田有希
音楽:ジョン・グラム
語り:綾瀬はるか
*このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。