名作はなぜこんなに面白いのか——時を超え読み継がれる理由「日本文学」編
撮影・黒川ひろみ イラストレーション・いとう瞳 文・辻さゆり
大岡 三宅さんが書かれた『30日de源氏物語』、素晴らしかったです!軽いタッチで書かれていますが、源氏物語の政治的な部分にもきちんと踏み込んで、紫式部が摂関政治における力関係を物語に溶かし込もうとしたところまで書かれている。原文に取り組まれる前は、『源氏物語』はどなたの訳で読まれたのですか?
三宅 ありがとうございます。最初に読んだのは、瀬戸内寂聴さんでした。最近では角田光代さんの訳もすごく読みやすかったです。
大岡 私は最初与謝野晶子の訳で読みましたが、角田さんの訳は与謝野さんと似ている。すごいなあと思ったのが冒頭部の「帝に仕える女御たちは、当然自分こそが帝の寵愛を受けるのにふさわしいと思っている。なのに桐壺更衣が帝の愛を独り占めしている」という箇所で「なのに」という言葉を出していること。論理的で硬質な文章を目指しながら、ちゃんと口語的なものを残している配慮に感動しました。三宅さんは、紫式部は清少納言のことをどう思っていたと思いますか?
三宅 今でいうと、二人は競合する会社のエース同士のようなものでしょうか。紫式部って自分が物知りなこと、賢いことを抑圧して生きていたように感じます。だから、簡単に自慢できてしまう清少納言のような人への憧れとコンプレックスの両方があったのかも。この辺りを読み比べても人間模様が見えて面白いですよね。大岡先生はどちらに共感されますか?
大岡 一概には言えませんが、たぶん清少納言さんのほうが、実際に会ったら友だちになれたかな。式部さんは何を言われるかわからないから怖い(笑)。
三宅 日記に書かれるかもしれないですもんね!
大岡 現代の女性作家の方も、私は常に下から仰ぎ見ていますから(笑)。三宅さんは身構えないで読める現代の女性作家さんはどなたかいますか?
三宅 よしもとばななさんなんかはそうですね。
大岡 そういう意味では、ばななさんの作品は清少納言寄りという感じ?
三宅 あー、おもしろい!そういうところがあるかもしれない。感性として「春はあけぼの」的な軽やかな感じが確かに受け継がれているかもしれません。
大岡 そう考えると、『不毛地帯』を書かれた山崎豊子さんの世界観は紫式部から受け継がれているのかな。男性の権力闘争や政治劇などは、女性作家のほうが冷静に書ける気がします。
三宅 確かに! 大和和紀さんが『あさきゆめみし』で源氏物語を漫画にされていますが、原文よりも恋愛の部分を足している。紫式部の視線がシビアすぎて、少女漫画的要素を足さなくてはならなかったのかもしれません。
大岡 紫式部の観察眼を学ぶために『源氏物語』を読むのもアリですね。
三宅 その観察眼を持つ式部と一緒に宮中で働いていた人は、大変だったでしょうね。今も昔も変わらない作家の視線の厳しさを感じます(笑)。
『新訂 枕草子』上下巻 現代語訳付(清少納言著、河添房江・津島知明訳、各1,760円、角川ソフィア文庫)
一条天皇の中宮定子の女房として仕えた清少納言が、平安時代の華やかな宮廷サロンの様子や自然、人間関係の機微を生き生きと綴った随筆。原文・脚注・現代語訳・評を収載。
『源氏物語』全10巻セット(紫式部著、瀬戸内寂聴訳、セットで8,360円、講談社文庫)
光源氏を主人公に、宮中に仕えていた紫式部が書いた和歌795首を詠み込んだ54帖からなる世界最古の長編物語。作家の故・瀬戸内寂聴が1998年に完成させた訳本。
『源氏物語』全8巻セット(紫式部著、角田光代訳、セットで7,040円、河出文庫)
千年の時を経てなお読み継がれる古典を、作家の角田光代が疾走感あふれる明瞭な文体で表した新訳。文庫版のセットは2024年に発売。読売文学賞受賞。
『クロワッサン』1136号より
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