『かもめジムの恋愛』著者、大前粟生さんインタビュー。「うまくいかない恋愛に興味があります」
撮影・幸喜ひかり 文・一寸木芳枝
「うまくいかない恋愛に興味があります」
人は誰もいずれ年をとり、高齢者になる。それなのに普段、自分とは異なる存在として切り離し、わかりやすく一括りに“高齢者”というキャラクターを押し付けてはいないか」。この物語は大前粟生さんのそんな自問が出発点だ。
舞台は内陸の地方都市。バブル期に建てられた駅近の7階建ての大型ジム。ここに通う性別も年齢も異なる5人の人物がそれぞれの目線で語る連作小説の本書。タイトルには「恋愛」の文字が躍るが、群像劇としての魅力も光る。
「生活スタイルや価値観が異なる人たち同士のコミュニケーションを描きたかった。そういう人たちが集う場所はどこだろう?と考えた時に、当時僕が通っていたジムが浮かびました。
設定を地方都市にしたのは、都会では合理的かつ効率的に鍛えられるジムがもてはやされていて、人と関わらないで済んでしまうと思ったから」
一途に恋する高校生男子、推しに夢中な30代女性、性的マイノリティの40代男性。そして、物語の核となる“人生最後の恋に落ちたかもしれない”74歳男性と“恋愛は若者がするものだと思っていた”ジムでバイト中の18歳女子。年齢差のある2人がそれぞれの方法で距離を縮めながら、お互いの恋愛に関わっていく。
「恋愛時のコミュニケーションは、平常時に比べて振り幅のバリエーションが豊富ですよね。想いの伝え方も接し方も、人によってまるで違います。そんな恋する人たちの葛藤や迷い、酸っぱさや揺らぎを書きたかった」
10代と70代、それぞれの恋が抱える葛藤とジレンマ。
韓流ドラマのような愛憎劇やドラマティックな展開はない。物語は淡々と日常の中の恋愛を描く。だが、10代と70代のそれには共通点もあるが、“残された時間”という点が圧倒的に異なる。
「僕が暮らす下町の喫茶店で耳にした、80代と思しきおじいちゃんやおばあちゃんの会話もヒントになりました。彼らは介護や病気、友だちの死について淡々と話す一方で、“恋をしたい”とも言う。衰えを自覚しながら恋をするという、若い世代にはないその感覚がなんか面白いな、と」
高齢者が恋をして夢見心地でいられる時間はそう長くない。だから想いを伝えて玉砕することを、怖いと考えている暇もない。物語の中でも、片想いをこじらせる10代の2人とは対照的に、74歳の恋はあっという間に決着がつく。
「自分より若い世代を見ていると、こう言ったら相手はどう思うのか、いろんなことをとてもよく考えている。高度な空気の読み合いをしているように見えるというか。でも直接コミュニケーションをとれば、自分とそう変わらなかったりもする。それは上の世代の人も同じで、いくつになっても変わらない部分はあると思います」
年齢によって考えや感じ方が変化するだけで、若者と高齢者は地続きで繋がっている。そんなごく当たり前のことに気づく一冊だ。
『クロワッサン』1130号より
広告