『室町ワンダーランド あなたの知らない「もうひとつの日本」』著者、清水克行さんインタビュー。「室町は混沌としたところがおもしろい」
撮影・幸喜ひかり 文・中條裕子
「室町は混沌としたところがおもしろい」
著者である清水克行さんは、室町〜戦国時代を専門に研究している歴史学者。室町と聞くと「足利“よしなんとか”が続いた時代ね」と、教科書で習った印象で語ってしまいがち。だが、記されているエピソードの数々を読むと「えっ!?」という驚きの連続なのだ。
「室町時代に残された史料を読んでいると、研究発表するほどでもないけど興味深いエピソードが見つかる。週刊文春の連載の機会をいただき、そうしたネタのストックを披露することとなりました」
そうした逸話を綴ったエッセイが一冊にまとまった。中には現代の私たちからすると、ちょっと不可思議な話も。たとえば、銀閣寺を建て東山文化を花開かせた将軍として知られる、足利義政。その義政の“もう一人の自分=ドッペルゲンガー”が現れ、周囲でひと騒動あったという一件が語られていたり。
「ドッペルゲンガー伝説はゴシック小説で有名ですが、義政はそれより400年ほども前になります」
その義政の母は、息子に抗議をするため突如邸を出奔。家出をすることで将軍の政治判断を覆させたという。この頃は、将軍の母や妻が抗議のため家出をし寺院などに籠るということがもはや“お家芸”になっていたというから驚きだ。
「それは女性の強さからきているのとは逆の話で。母の力が父と同じくらいだったのが、ある時期から父より劣るというようになっていった。これはある種、捨て身の抗議なんです。文芸の世界でミソジニー(女性嫌悪)の風潮が高まってくるのもこの時期。なぜかというと、中世は仏教と武力の時代でもあった。仏教的観点からすると女は修行の邪魔、武力の面で行くと女は軟弱だ、と」
そういうイメージで、王朝の有名女流作家はネガティブな方向に追いやられたのだ、という。小野小町が高慢な女性だったため、その報いにより晩年に零落するといった悪意ある二次創作が生まれたのも、この時代なのだ。
我々の常識が通じるところと、異世界という面も室町にはある。
このように恋愛に重きを置く王朝文学を否定しながらも、「足利義満は女性に奔放なイメージも。それは明らかに光源氏を意識してのこと。男にも女にもモテる“色好み”がまだプラスの価値があったんです。一方、そうしたことはみっともないという見方もあり、複雑な時代だった」という。それは室町が公家の文化にも足を置きつつ、後の戦国の気風も芽生えてくる過渡期だったから、なのかもしれない。
「江戸時代までは我々の常識の延長線上という感じなんですけど、室町はちょうど変わり目。我々の常識が通用する部分もあれば、全く異世界の人という面もあり、そこがおもしろいところ。当時の史料を読んでいると、今だに『こうくるか!』と驚かされるんです」
と、清水さんは楽しげに笑う。現代につながる日本のルーツでもありながら、複雑怪奇な異世界でもある室町。本書にて、その一端を覗ける貴重な体験をぜひされたし!
『クロワッサン』1122号より