あの大ヒット冷凍食品の開発の裏側を、メーカーの「作る人」が語り合う。
その中でも人気トップの米飯と麺に携わる2人が、開発の裏側を話す。
撮影・黒川ひろみ 構成&文・河野友紀
2022年、過去最高の消費量を記録したという冷凍食品。売り上げ増の背景には、味の向上や種類の増加はもちろん、これまでとは違う個性的な商品が増えたこともある模様。というわけで今号は、冷凍食品メーカーで商品開発に携わる2人による、〝冷凍食品を作る人〟サイドからの熱いクロストークを送ります。
味の素冷凍食品 生子慎太郎さん(以下、生子) 同じ業界ですが、他社の開発の方とこうしてお話をする機会って、ほとんどありません。今日はよろしくお願いします。
テーブルマーク 山田顕さん(以下、山田) こちらこそ。僕は麺全般担当ですが、御社の米飯の冷凍食品が好きで。よく冷凍チャーハンをいただいています。
生子 なんと! でも実は僕も、御社の冷凍さぬきうどんの5食入りは、冷凍庫に常備しております(笑)。
「冷食を使うのは手抜きだ」。 その意識を変えたいと思った。
山田 私は香川県出身で、私たちにとって讃岐うどんは県民食みたいな存在なんです。家の周りにうどん屋さんはいくらでもありますから、わざわざ冷凍うどんを食べることって、正直そんなになかったんですよね。でもあるとき、「あのとき食べたうどんは冷凍だった」と母親に言われ、「え、そうなの!? でも美味しかったよ!」とびっくりした経験がありまして。
生子 食べ慣れたものだからこそ、驚きは大きいですよね。
山田 うどんって茹でたては美味しいですが、ちょっとでも時間を置くと、美味しくなくなる。でも冷凍うどんは、茹でたてとほとんど変わらなかった。その経験が冷凍食品に感動し、興味を持った第一歩かもしれません。
生子 私の場合は、両親が共働きだったので、学生の頃から日常的にお弁当に冷食が入っていたんです。冷凍食品があることで忙しい親の大きな助けになっているのは見てわかっていて。もともと食に関心はあったんですが、なかでも、冷食と生活の密接具合に興味が湧き、冷凍食品の道に進んだ、という感じです。
山田 学生のときは、どんな冷食が好きだったんですか?
生子 運動系の部活をやっていたので、味が濃くてしっかりお腹に溜まるものをよく食べてました。今担当しているチャーハンなんかも好きでした。
山田 繋がっていますねぇ (笑)。
生子 偶然ですが、そうですね。
山田 実は積極的に冷食と向き合い始めたのは、入社してからなんです。入社当初、「勉強のためにいろいろ食べていいよ」ということで、社内外問わずいろいろな商品を食べたところ、どれもこれも美味しい。よく、冷食を使うことは「手抜き」と思われがち、みたいな話を聞きますが、冷食と手抜きはまったく関係ないのでは?と思ったんですよね。
生子 わかります。簡便とか時短とかにフォーカスされがちで、そのせいか冷食を使うことに罪悪感を持つ人は今も昔も多い。でも私は入社して、冷凍食品というのはこんなにも手間ひまかけて作られているのか……と驚いたんです。なので、それを罪悪感なくデイリーに使っていただくためにはどうしたらいいのか。そのあたりを考えるようになりました。
2人とも、開発に携わるきっかけは、「まさか」の異動だった。
山田 もともと開発を希望されて会社に入られたんですか?
生子 いえいえ。入社前までは、食品メーカーの花形といえば開発と思っていましたが、いざ入ってそのセクションの責任の重さを垣間見ると、自分には無理だな、と。
山田 私も同じです。なので今の部署に異動を命じられたときは、「え?」という感じで……。そんなクリエイティブな能力、自分にあるのかどうか、と悩みましたね。でもやるからにはいいものを作ろうと、開き直ったところもあります。
生子 非常によくわかります(笑)。山田さんは、商品企画からご担当されているんですか?
山田 私の場合、企画からではなく、そのひとつ先の、実際にラボで粉の配合から考えて商品サンプルを開発するところからの関わりです。
生子 弊社でいう、“研究開発”をされているんですね。
山田 そうですね。生子さんは商品企画からですか?
生子 はい。企画を立てて、研究開発の担当部署に開発をしてもらい、それを工場でどう作るか考える、というのが私の仕事の大まかな流れです。例えば「ザ★シリーズ」の場合、既存商品の多くが“広く、あまねく”の味付けで幅広い層向けでしたが、その外側にいる、今まで冷凍食品を買ったことがない人たちにも買っていただける商品を作り、市場全体をもっと大きくしたいと考えました。そこで出てきたのが、〈男性〉と〈若者〉という新しいターゲット層。その人たちが「ザ★シリーズが食べたい!」とわざわざ冷凍食品売り場に行ってくれる、そんな商品を作ろうということが発端でした。
衝撃の黒いパッケージで、市場を席巻。
山田 なるほど。そこで必要になってくるのはやはり、“既存の商品から頭ひとつ抜けた何か”がある商品ですよね。
生子 おっしゃるとおりです。今までにない味わいというか、感動品質というか。そこは絶対必要だと思いました。ターゲットを設定し、その層に刺さる味で、さらにその誰が食べても感動してくれる味。
山田 弊社には「さぬきうどん」という看板商品があります。すでにたくさんの方々にご好評いただいているのですが、新たに冷凍うどんの新商品を考えるとなったとき、「本場の讃岐うどんを超えた美味しさを届ける」というコンセプトが上がってきました。弊社の商品をはじめ、市場には本当にたくさんの冷凍うどんがある。その中で「これは本物だ」と手に取っていただくためには、生子さんがおっしゃる“感動品質”がなければならないわけで……。
日本の冷凍麺のトップランナーが誇る3品。
生子 今までリーチしたことがなかった市場に商品を根付かせるって、本当に難しいですよね。開発の初期段階では、広い海の中で小さな正解を探すようなところからスタートしたらしく、その話を聞いたときには、きっとどの商品もこういった苦労の末に生まれたのだろう、と、先人に思いを馳せたりもしました。
山田 試作品ができた後、会社の上層部に試食をしてもらうじゃないですか。弊社は特に香川県出身者が多いので、本当にうどんに厳しい。味だけではなく、粉の配合、捏ねる水分の温度……さまざまなリクエストが上層部から出てきます。
生子 弊社の場合、味に加え、「なぜこの商品を作ろうと思ったのか」「どういう市場性があるのか」みたいなところを、とにかく根掘り葉掘り聞かれます。そこで明確な回答が出せないと、「この商品、本当に必要?」となる。商品化の道のりは非常に厳しいのですが、そういった工程があることで、買ってくださる消費者の視点でものを考えるということの大切さを、改めて実感させられました。
山田 特に、既存商品のリニューアルではなくゼロからの新商品になると、工場に新たな設備を入れる必要もある。本当に大きなプロジェクトですから。
生子 ひとつの新しい設備だけでも、大変な金額がかかることもあります。どれだけポテンシャルがあるのかどうかが明確にならないと、「既存のラインでがんばって」ということになるのは当然で。難しいですよね。
感動品質を実現する裏には、たくさんの技術的な苦労が。
山田 御社のチャーハンでいつも感動するんですが、このパラッと加減、本当にすごいですよね。僕は米飯担当ではないので細かいことはわかりませんが、きれいに米に吸水させているからこそ、なんですかね。
生子 チャーハンは“炒め感”というのが重要になってくるんです。凍ったものを溶かす時点で水分移行が起こるのですが、電子レンジで加熱した際その水分を吸わせた上でパラッとさせるというのが、本当に難しい。そこの製造過程は特に社外秘です。たぶん我が社だけでなく、各社そうだと思います。
山田 テレビなんかでも、絶対モザイクかかってますよね(笑)。
冷食のユーザー層を若者&男性にまで拡大した逸品。
生子 はい(笑)。御社のうどんの魅力はやっぱりなんといってもこのモチモチ感ですよね。この食感、大好きです。
山田 うどんのコシって、グルテンが水と結着し、そこに力を加えることで生まれる粘りなんですが、従来の冷凍うどんは、生地を一方向にしかのばしていなかったところ、「丹念仕込み 本場さぬきうどん」は、縦にも横にものばす独自製法です。それゆえ、より強いコシを出すことに成功しました。
強いコシともちもち&なめらかな食感の再現に感動。
生子 あと香りがいいですね。小麦のいい香りがします。
山田 味は香りからくるところもありますからね。でも香りでいったら、味の素冷凍食品さんもこだわりが強いですよね。「ザ★チャーハン」も、油を炒めた香ばしい香りが食欲をそそる。
生子 電子レンジで仕上げて皿に盛るときの、食べる前の瞬間から料理を楽しんでほしいので、香りは本当に重要だと思っています。
山田 食品は、凍らすことで物性が変わります。開発担当としては、凍結での変化と電子レンジ解凍による変化、そして、できたてを再現するには作り方や設備などどんなエッセンスが必要なのか、そのすべてを読み取った上で商品を構築するわけですが、思ったとおりの結果が出たときの、「よし!」という実感は、ひとつのやりがいですね。
生子 私は売り場でお客様が自分が関わった商品を手に取ってくれた、それを見たときというのがひとつのピークかもしれません。
山田 それもわかります。新規事業だと、早くても2年ほどかかりますからね、店頭に出るまでに。
生子 私はまだ、自分ひとりで新商品にゼロから関わったことはないのですが、もしそういった商品が店頭に出たら、我が子を見るような気持ちになるんでしょうね。手に取ってくださった方を目撃したら、握手したくなると思います。
山田 私も見ず知らずの方が目の前で「あ、これこれ!」とか言って商品をカゴに入れているのを見ると、心の中で拳を握りしめますから(笑)。
生子 ですよね!
『クロワッサン』1104号より
※価格は取材時のものです