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現代の浮世絵の楽しみ方、日本の木版画の魅力【梶よう子さん・デービッド・ブルさん対談】。

浮世絵に用いられた木版画という技法。
その奥深い世界に触れながら、現代に合う浮世絵の楽しみ方も探ります。

撮影・青木和義 構成・中條裕子 文・嶌 陽子

小説家の梶よう子さんが訪れたのは、東京・浅草にある木版画の工房『木版館』。ここではカナダ出身のデービッド・ブルさんが、スタッフと共に江戸〜明治時代の浮世絵の復刻版やオリジナル作品を作っている。日本の木版画の魅力とは? 現代の浮世絵の楽しみ方は? デービッドさんの作品やコレクションを見ながら語り合った。

(左)「 和紙と絵の具が生み出す美しさを多くの人に伝えていきたいです。」(デービッドさん)/(右)「日本の木版画のすばらしさをあらためて知った気がします。」(梶さん)
(左)「 和紙と絵の具が生み出す美しさを多くの人に伝えていきたいです。」(デービッドさん)/(右)「日本の木版画のすばらしさをあらためて知った気がします。」(梶さん)

梶よう子さん(以下、梶) こちらには、以前からずっと伺いたいと思っていたんです。この質問はもう何百回もされていると思うんですが、デービッドさんはなぜ浮世絵を自分で作ろうと思ったんですか?

デービッド・ブルさん(以下、デービッド) カナダに住んでいた20代後半の頃、小さなギャラリーで行われていた展覧会で初めて浮世絵を見て、衝撃を受けたんです。こんなきれいなものを自分でも作ってみたいと思ったのがきっかけ。ただ、僕が強く惹かれたのは「浮世絵」というよりも日本の木版画の美しさと技術でした。

 世界中に版画という表現方法はありますよね。その中で、日本の木版画のどこに惹かれたんでしょう?

デービッド 他の国の版画と大きく違うのは、和紙の存在ですね。海外の版画の場合は紙の表面に絵の具をのせているだけで、深みがない。ですが、和紙は絵の具が繊維の中まで染み込むので、絵に立体感や陰影が出るんです。日本の木版画は絵の具と和紙がセットになって成り立っていると思います。

 私も摺りの工房を見学したことがありますが、絵の具が和紙の裏にまで染み込んで、きれいに色がのりますね。

デービッド もうひとつ、欧米の場合、版画は社会運動などのメッセージを伝えるために作られることが多いですよね。でも、日本は風景や人、着物など、ただ美しいものを表現するのが目的。そこが全然違うと思います。

 メッセージはその時限定ですけど、美しさには終わりがないですものね。それにしても、デービッドさんの彫りの技術はすごい! 細い線もきれいに表現していますよね。どれくらいの年数をかけて習得したのですか?

デービッド カナダにいた時から版画を作り始めたのですが、最初は彫刻刀の代わりにナイフ、木版を摺る際に使うバレンの代わりにしゃもじを使っていました(笑)。日本に来てからは英会話教室をしながらひたすら練習して。

 彫りや摺りの師匠がいたわけではなかったんですね。

板に絵を彫り、版木を作る。彫刻刀は何度も研ぐうちにかなりの短さに。
板に絵を彫り、版木を作る。彫刻刀は何度も研ぐうちにかなりの短さに。

デービッド 工房を見学させてもらったことはありましたが、基本は独学。江戸や明治の版画をお手本にして何度も練習していきました。
今でも「上手にできた!」と一瞬うれしくなっても、昔の版画を見てやっぱりまだまだと思うことばかり。日本の木版画は想像以上に深みがあるから、終わりはないですよ。
40年間続けてきて、いまだにワクワクするんです。この美しさを多くの人に伝えたいという気持ちはずっと変わりません。

 今はここで、他のスタッフの方々と一緒に作品を作っているんですね。

デービッド そうです。外部スタッフも含め、彫り師と摺り師がそれぞれいて、昔の浮世絵の復刻版やオリジナル作品などを作っています。報酬は、摺り師は一枚摺るごとに発生し、彫り師も印税式。その作品が売れるたびに印税が入る仕組みです。

 それは画期的。昔は、作品は版元による買い取り式で、どれだけ作品が大ヒットしても、儲かるのは版元だけでしたからね。

デービッド 売り上げは作っている人たち全員で分け合いたいんです。一人ひとり、お金持ちにはならなくても、ハッピーでいられるようにね。

「この技術を独学で習得するなんて」と、梶さんも感嘆の声。
「この技術を独学で習得するなんて」と、梶さんも感嘆の声。

現代版見立絵など、今、求められる絵を作る。

 デービッドさんたちはこうしてがんばっていらっしゃるけれど、日本全体を見たときに、伝統的な木版画の技術がどんどん残らなくなってきているのが残念です。

デービッド それはどうしてだと思いますか?

 明治時代になって印刷技術や写真といった、新しい表現法が入ってきたこともあるでしょうね。さらに、明治期に学校教育というものが導入されたことで、日本の徒弟制度というものがなくなり、伝統技術の継承が難しくなったことも一因だと思います。

デービッド 確かにそれもあるでしょう。でも、問題はそこじゃないと思うんです。大事なのは、現代に合うものが作られているかということ。今の人たちの多くは、歌麿や広重の作品を買いたいとは思わないですよね。一方で最近、僕たちの工房の作品を買う人たちは増えています。それはなぜか。今の人たちが欲しいと思うものを作っているからです。

 たとえばどんなオリジナルの木版画を作っているんですか?

デービッド 若者に人気のキャラクターを浮世絵風にアレンジしたものや、話題のコンテンツをモチーフにしたものです。昔も見立絵というものがありましたよね。

紙の質感や凹凸、 絵の具が染み込んでいる様子。 近くで見ると感動します。
紙の質感や凹凸、 絵の具が染み込んでいる様子。 近くで見ると感動します。

 はい。歴史上の出来事や古典の一場面を当世風に描いたものが見立絵で、江戸〜明治期にもありました。なるほど、それもまたある意味、現代版の見立絵ということですね。

デービッド これは若い人たちが喜んで買ってくれます。もうひとつは、誰が見ても美しいと思うような、現代の風景などを描いたものです。要するに、今必要とされる絵、今の時代において意味がある絵を作ることが大事なのではないでしょうか。

 江戸時代の浮世絵師も、版元の求めに応じて、役者絵や当時の流行とか、人々が欲しいと思うような作品を作っていたんですものね。

デービッド そう。だから僕が今やっていることって、昔の浮世絵師と同じなんですよ。世の中に求められるものは何かを考えて、それを木版画として作っているんです。

 デービッドさんのそういう作品は、50年後、100年後にはどう見られるんでしょうね。「これが昔流行ってたんだ」って思われるのかしら。私たちが今、北斎や広重などの浮世絵を見て感じるのと同じように。

デービッド 北斎や広重は、自分が作ったものが100年後に見られるとか、名前が残るといったことは一切考えていなかったと思いますけどね。

 彼らにとって、浮世絵はただその当時の人たちに喜んでもらうためのものだったはず。

絵を彫るデービッドさんの手元を見つめる梶さん。明かりのそばに吊るされたフラスコは、光を分散させるためのもの。
絵を彫るデービッドさんの手元を見つめる梶さん。明かりのそばに吊るされたフラスコは、光を分散させるためのもの。

デービッド 僕は邪な考えを持ってるから、自分の作品が100年後にも残っていたらうれしい(笑)。海外の美術館が作品を買い取ってくれたりしてプレッシャーも感じますが、とにかく楽しみながら、今の人たちに喜ばれるものを作ろうと思っています。

 デービッドさんたちの絵を買う人たちは、日本の人と海外の人、どちらが多いんですか?

デービッド 9割が海外の人たちです。木版館を訪れてくれる人たちもいますが、オンラインショップを開いていて、海外発送もしているので。僕がSNSやYouTubeなどを使って英語で発信している、ということもあるかもしれません。木版画を作るためにカナダから来日したという僕のストーリーに興味を持ってくれる人もいます。

 そうなんですね。海外の人たちのほうが興味を持ってくれたり、きれいだと思ってくれるのはなぜなんでしょうね。彼らにとって異国のものだから?

デービッド 興味深い質問ですね。確かに、なぜなんだろう。

 一方、日本人にはどうやっておもしろさを知ってもらえるんでしょう。

デービッド 「浮世絵」という言葉自体に壁を感じてしまっているのでは。古くさいものというイメージがあるのかもしれません。僕も「浮世絵」というよりは「日本の木版画」という言い方をしています。

 本来「浮世」というのは「今の時代」を指す言葉で、充分におもしろいはずなんですけどね。

日本の木版画は奥が深い。40年間続けていますがいまだにワクワクします。
日本の木版画は奥が深い。40年間続けていますがいまだにワクワクします。

横からの柔らかい光が生み出す日本の木版画の美しさ。

デービッド 僕は古書店やインターネットオークションで昔の浮世絵を集めているのですが、すばらしく美しいものがとても安く売られていることがあるんです。日本の人たちは、自分たちの手元にあるものの価値の高さに気づいていないと思う。

 こうやって昔の作品を近くで見ると、やっぱり感動しますね。美術館だと額に入ったものを見るだけですから。

デービッド どうぞ、手に取って見てください。

 和紙の厚みや質感、絵の具の凹凸や陰影などもよくわかりますね。絵の具がきれいに紙に染み込んでいて、本当に美しい!

【デービッドさんのコレクション。】デービッドさんが古書店やインターネットオークションなどで集めた江戸〜明治の浮世絵。「文字も実は彫られているんです。木版画の技術の高さと美しさがわかる作品です」
【デービッドさんのコレクション。】デービッドさんが古書店やインターネットオークションなどで集めた江戸〜明治の浮世絵。「文字も実は彫られているんです。木版画の技術の高さと美しさがわかる作品です」

デービッド 江戸時代は今みたいに上からの照明がなかったでしょう。暗い部屋の中、低い机に絵を置いて、障子越しの自然光や行灯の明かりなど、横からの優しい光で見ていたんです。

 そういう中でしかわからない木版画の美しさというものがありますね。

デービッド 明治以降、電気が入ってきて、どの部屋でも天井から照明を吊るすようになり、木版画の美しさが消えてしまった。僕がカナダのギャラリーで初めて浮世絵を見て感激したのは、そのギャラリーのオーナーが、木版画の美しさを引き立てる見せ方をよく知っていたおかげでした。

 今は浮世絵の画集もあって、それだと手元でも見られるけれど、紙の質感や絵の具の凹凸、陰影などはわからないですものね。

デービッド こうやってよく見ると、昔の技術の高さは本当にすごいと思います。線の繊細なタッチや色の濃淡をつける摺りの技術。信じられないほど高いレベルのものが、すぐに捨てられてしまうような雑誌の口絵などにも使われているんですからね。

 それにしても、ものすごい量のコレクションですね。

デービッド 有名な絵師や高価なものでなくても、僕の目から見て「美しい木版画」だと思えるものを集めています。僕が1989年から10年かけて木版画で復刻した勝川春章の百人一首集(下)もあります。

 すばらしいものが目に触れられないまま朽ちていくのはもったいない。デービッドさんが40年間かけてあちこちから発掘してくれてよかったです。

デービッド 今、少しずつデータベース化しているところで、誰でも見られるように木版館の英語版ウェブサイト https://mokuhankan.com/index.html で公開しています。紙の質感や絵の具の凹凸も見られますよ。

 今日はデービッドさんのお話を聞いたり、いろいろな作品をじっくり見せてもらったりして、木版画というものの美しさがさらによくわかった気がします。時代背景や作者など、難しいことを知らなくても、木版画のすばらしさやそれを見る楽しさは誰でも味わえるはず。私自身、浮世絵をあらためて楽しむためにも、もう一度そこから始めてみようと思います。

【デービッドさんのコレクション。】海外の古書店で買ったという江戸時代の浮世絵師・勝川春章の『錦百人一首あづま織』。デ ービッドさんは1989年から10年かけて勝川春章の百人一首を復刻し、話題を集めた。
【デービッドさんのコレクション。】海外の古書店で買ったという江戸時代の浮世絵師・勝川春章の『錦百人一首あづま織』。デ ービッドさんは1989年から10年かけて勝川春章の百人一首を復刻し、話題を集めた。

木版館(もくはんかん)

江戸〜明治時代の作品の復刻版やオリジナル作品を制作、販売。作品を手に取って見ることができるほか、時間帯によってはデービッドさんが彫りや摺りの作業をしている様子が見られるかも。

東京都台東区浅草1・41・8 
営業時間:10時~17時30分 
休日:火曜
https://mokuhankan.square.site/

【木版館のオリジナル作品。】2020年、アメリカ人の絵師と共に作ったオリジナルの12枚セット。人気の映像作品の数々にちなんだ、国内外各地の風景が描かれている。
【木版館のオリジナル作品。】2020年、アメリカ人の絵師と共に作ったオリジナルの12枚セット。人気の映像作品の数々にちなんだ、国内外各地の風景が描かれている。
  • 梶よう子

    梶よう子 さん (かじ・ようこ)

    小説家

    2008年『一朝の夢』で松本清張賞を受賞。「摺師安次郎人情暦」シリーズ、『北斎まんだら』『広重ぶるう』など、浮世絵を題材にした作品も。

  • デービッド・ブル

    デービッド・ブル さん

    木版画家

    1951年、イギリス生まれ、5歳よりカナダに暮らす。1986年に日本に移り住み、木版画の制作を開始。2014年、東京・浅草に「木版館」をオープン。

『クロワッサン』1088号より

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