戸建てから駅近のマンションへ。上野千鶴子さんのおひとりさまライフ。
撮影・天日恵美子 文・中沢明子
楽しさと安心を備えた暮らしを意識的に整える。
上野さんの現在の住まいは、それまであまり縁がなかったJR中央線沿線。
「引っ越した当初は新鮮で、いかにも新しい生活が始まった!という感じがしました。以前の夢はかつて短期間暮らして気に入った『オトナの街、神楽坂に住みたい』だったんですが、神楽坂はなかなか手頃な物件がなく。
でも、思いがけず住むことになった中央線沿線文化も面白くて、今はとても気に入っています。買い物に困らない便利さがある一方で、井の頭公園もそう遠くない場所にあり、散歩するのも楽しい街です」
[ 東京の家 ]高齢者にこそ利便性が安心材料です。
戸建て住まいの時、悩みの種が主に4つあったという上野さん。マンションに引っ越してから、その悩みはすべて解消されたそうだ。
「まずワンフロアになったのがよかった。階段は高齢になると億劫です。次にゴミ捨て。私は不在も多いから、収集日に出せないと困ったし、宅配便も受け取れなかった。今は各階にゴミ捨て場があり、宅配便を不在でも受け取れるマンションなので本当に楽。それから、戸建ては冬、寒いのよね。気密性の高いマンションは、やはり暖かい」
多忙のため、上野さんは自宅で料理をあまりしないが、総菜などを近所ですぐ調達できるのも便利な点だ。
「料理をしなくても食べ物が家の近くで手に入ると気が楽です」
また、「お願い、ちょっと家を見てきてくれる?」と言える相手を確保した。
「私には鍵を渡している人が2人います。この年齢になると家を出てから『あ、電源オフにしたっけ?』と心配になることがある。そういう時にお願いできる相手がいると安心できます」
さらに、健康面での対策として訪問ドクターや介護事業者とのつながりは積極的に探して作った。
「私は介護研究もしている関係で、近所でよいネットワークを築けました。それでほかの住民の方にも安心していただこうと、管理組合主催でマンション住民対象の勉強会もしましたし、1カ月自己負担3000円程度の『定額おひとりさまプラン』を事業者に作ってもらいました。
ふだんから様子を見てもらえて、何かあったらすぐに助けを呼べる環境を整えておくといいですね。体に自由が利かなくなっても、築いた介護ネットワークを駆使すれば、何かあればすぐに対応してもらえますし、そのまま最期の時まで自宅で暮らせます。
それから私の場合は駅近の利便性が重要ですが、地方のご自宅で暮らし続ける方も、介護を核としたネットワークを作ってほしい。地域に頼れる人間関係があれば、遠くにいる家族に頼らなくて済みますから」
アートを飾り、AIスピーカーも駆使して暮らしを楽しく。
部屋のあちらこちらにアート作品が飾られている。どれも上野さんらしいウイットに富んだものばかりだ。話題のAIスピーカーも使いこなす。
「AIスピーカーはとても便利。手が離せなくても話しかければ、天気も教えてくれるし、音楽もかけてくれる。こんな返答だってするのよ。アレクサ、この世でいちばんきれいな人はだーれ?(スピーカー:今、私に話しかけてくれた人です)。ね、面白いでしょ(笑)」
ガスコンロをIHに交換し、火の元には充分注意をしている。
「高層階で特に火事を起こしたら大変ですから。今、欲しいのはお掃除ロボット。勝手に床を掃除してくれたらどんなに楽かと思うんだけど、床にも本が置いてあるから、当分無理そうね」
集まった人が輪になれる家具。
前ページの写真の丸テーブルと椅子は彫刻家具作家・田原良作さんの作品。
「皆で輪になれる丸テーブルも座り心地が最高のスツールもお気に入り。安くはないので迷っていましたが、引っ越しを機に思い切って手に入れました。窓辺の椅子は別の作家の作品ですが、田原さんの家具と一緒に置いても違和感がなく、これも気に入っています」
[ 八ヶ岳の家 ]読書と執筆とスキー、八ヶ岳でリラックス。
約60平米とコンパクトながら、蔵書の大半を置いている八ヶ岳の山荘。
「読むと書くのが私の仕事で、趣味でもありますから、四方を本に囲まれたこの家にいるとリラックスできます。執筆はほとんどここでします。スキーができる冬は特に最高で、朝起き抜けにスキー場へ行って、1時間さっと滑り、帰ったらブランチを食べる。デスクの前の窓から見える景色は美しく、時々、鹿が横切ります(笑)。私と同じような都会からの移住者同士のコミュニティもあり、コロナ禍以前は、夕食を共にすることもよくありました」
大の車好きとしても知られ、愛車を駆って月に1、2回、山荘に通う上野さんだが、遠くない将来に運転免許を返納する日も見据えている。
「車の運転ができなくなったら山荘暮らしはアウトですから、最期はマンション。だから、楽しめるうちにできるだけ楽しみたい。あと何シーズン滑れるか……」
『クロワッサン』1046号より