くらし

「お湯につかる」。ヤマザキマリさんの人生を支える決まり。

生きる意味を考え過ぎるから人間はつらくなるのでは? 地球規模で「生」を感じられればそれだけで幸せ。ヤマザキさんの考える幸せの形。
  • 撮影・青木和義 イラストレーション・ヤマザキマリ 文・一澤ひらり

- 人生を支える決まり - お湯に浸かる。

温泉はいわば母なる地球の羊水。守られて、癒やされて、元気になる。

ヤマザキさんといえば、現代日本の銭湯に古代ローマ人が現れて騒動になる漫画『テルマエ・ロマエ』が出世作。お風呂はステイホーム中も癒やしの源に。

「14歳年下のイタリア人の夫と結婚してから、エジプト、シリア、ポルトガル、アメリカと住んできましたが、なかなか浴槽のある家に暮らせなかったんです。だから長い間、妄想でしか入浴できなかった(笑)。『テルマエ・ロマエ』は私の入浴への渇望から生まれた漫画です。でもお風呂に関してはいまは極楽。一日3回入ってますからね」

お湯に浸かると幸せホルモンと呼ばれるセロトニンが脳内に分泌されると聞いて、湯船の多幸感に合点がいったというヤマザキさん。

「ただお湯に包まれているっていう、たゆたう感覚ってとっても気持ちがいいじゃないですか。特に温泉に浸かっていると、ああこれは地球の羊水だ!と思うことがありますね。地球に守られている安心感があって癒やしになるし、活力になる。それを古代ローマ人はちゃんとわかっていたんですよね」

古代ローマの元老院の貴族たちは難しい話をしなくてはいけないとき、たいてい浴場で話し合ったのだとか。

「いかめしく装って議論していると、誇張したり、虚勢を張ったり、激越な言葉で人を責めたりしがちだけど、お風呂に入って裸で話し合えば、寛容のスイッチが入るからなんでしょうね」

古代ローマ帝国の首都ローマには一時期1000軒を超える公衆浴場があったとされるほど、ローマ人たちにとって入浴は欠かせないものだったという。

「外征してもローマの軍隊が戦場でまずやることは、兵士の体力回復を目的とした浴場の建設で、いまだにあちこちにその遺跡が残っています。お風呂は一番の戦力だったってことでしょうね。属州を広げるにも浴場を造ればそれまで敵対していた相手も喜びますし、古代ローマがあそこまで広がった理由には、実はお風呂は大きな役割をなしていたんですよ」

「古代ローマ人もお風呂好きでした。大事な話し合いも浴場で行われたり、国を支える大きな力になっていたんですよね」

その習慣がいまのイタリアに受け継がれていないのは残念至極だというが、ヤマザキさんが暮らしているパドヴァの家にはちゃんと浴槽をしつらえた。

「私なんて締め切りがひどい時ほどお風呂に入りますからね。入浴剤はいろんなものを揃えています。草津、登別とか、温泉に行ったら地元の入浴剤は必ず買いますね。好きなのは別府温泉の入浴剤でかなり硫黄臭がします。これを浴槽に入れると『別府に来たなー』って温泉気分にとっぷり浸かれます。お風呂は究極の心身の癒やしですよね。古代ローマ人じゃないですけど、大概のことに『まあ、なんとかなるでしょ』とおおらかな気持ちになれますからね」

お風呂上がりにベランダに出て、アイスを食べるとか冷えたビールを飲むとか、そんなアフターも楽しみだそう。

「入浴はカラスの行水で5分か10分で出ちゃうんです。だからザブンと入ったら何も考えない。ある意味、私のマインドフルネス。解脱できるんです」

温泉は地球の「羊水」。 お風呂の入浴剤も選んで。一日3回は湯船に浸かるヤマザキさんの好みの入浴剤は、ハーブ系のものや日本全国の名湯のものなど、その時の気分によって。

ヤマザキマリ(Mari Yamazaki)
漫画家、文筆家。1967年、東京都生まれ。『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞、手塚治虫文化賞短編賞、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。著書に『地球生まれで旅育ち』(海竜社)など多数。

『クロワッサン』1027号より

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