くらし

『鬼棲むところ 知らぬ火文庫』著者、朱川湊人さんインタビュー。「説話ってすごく想像力を刺激するんです」

  • 撮影・黒川ひろみ(本・著者)

「説話ってすごく想像力を刺激するんです」

朱川湊人(しゅかわ・みなと)さん●1963年、大阪府生まれ。2002年『フクロウ男』でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。’05年『花まんま』で直木賞受賞。他の著書に『アンドロメダの猫』『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』など多数。

冒頭、今は昔……で始まる、平安末期に成立した『今昔物語集』。そこから着想を得て、新たな8つの物語が『鬼棲むところ』として編まれた。元の『今昔物語集』は、仏教的な因果応報譚から笑話まで、持ち味もさまざまな千十数の短い話からなる説話集である。現代の読み手からすると、話の筋や背景などの説明が満足にされぬまま終わり、まるで“言いっぱなし”とすら思える語りも多いが、それもまた魅力なのだと朱川湊人さん。

「説話ってすごく空想力を刺激するじゃないですか。不思議でとっぴなことが書いてあって。僕が子どもの頃のテレビ漫画に近いかもしれない。『ウルトラQ』なんかも、突如巨大化したもぐらが現れたりして夢中になって観ていましたが、一応SFなので何らかの理由は付いているんですよ。薬を飲んでしまったとか、核実験をやってしまった、とか。説話にはそういう理由付けがなかったりするんです」

古典はけっこう穴だらけ、とも。描かれているべき背景が省かれていたり、逆に筋書きには関わらない衣装が克明に描写されていたり。

「読んでいるとどうしてもその間の隙間を考えてしまう。お話を作るときに“付け入る隙がある”んです。芥川龍之介も説話を基にした小説を書いているけれど、案外筋はそのまま。でも登場人物は明治の教養人として描かれている。そこが当時の人たちに受けたのでしょうけれど。僕は換骨奪胎して付け入る隙にはどんどん付け入って、筋書きは大きく変えようというのは、同じく説話を基にした前作『狐と韃』からありました」

さまざまな姿で立ち現れる、鬼というものの正体とは。

小さな物語は咀嚼され、大胆に新たに構築されている。それでも「説話」が本来持っている妙味はそのまま、時空を超えた贅沢な物語空間を味わえるのだ。そして、忘れてはならないのが、ここに収められた8編すべてに、姿は違えど立ち現れてくる、鬼の姿。

「頭に角を生やして虎のパンツをはいている鬼が出てくるのは、ずいぶん後になってから。もともとは霊魂やまつろわぬ民を指す言葉だったり、鬼が表すものはすごく広い。たとえば、一寸法師は都を姫君と歩いていて、いきなり鬼に襲われる。小さい頃は『都にいきなり鬼!?』と思ったけど、実はそれは強盗や悪者の類いと考えたほうが自然な気がするんですよ。何人も人を殺すようなやつは鬼呼ばわりされていたというふうに」

言葉のとおり、物語に登場する鬼の姿は、本当に変幻自在だ。姿が異形なものあり、残酷さをまき散らすものあり、欲望や哀しみに囚われたものあり……。変わらないのは、千年も昔より人々の心の中にあった、そして今もあり続ける“気持ち”。それを改めて今の時代というフィルターを通して読み解くおもしろさ。朱川さん自身も「とても楽しい仕事でした。苦労して古語辞典を引いた甲斐がありました」と語る、たまらない魅力を湛えた一冊である。

鬼が出ると噂の橋を渡ることとなった男の末路など、鬼にまつわる説話を大胆に脚色した、怪異と奇想の短編集。 光文社 1,800円

『クロワッサン』1023号より

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