くらし

『君がいないと小説は書けない』著者、白石一文さんインタビュー。「時間に縛られない生き方とは何か?」

  • 撮影・黒川ひろみ(本) 浅野 剛(著者)
記憶に甦る人々と、確かにそこにいた「私」。人気作品の生まれる舞台裏も垣間見える、興味深い一冊。 新潮社 1,900円
白石一文(しらいし・かずふみ)さん●1958年、福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。文藝春秋勤務を経て、2000年『一瞬の光』でデビュー。’09年には『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞、’10年には『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞。

白石一文さんの最新作は自伝的小説である。かつて務めていた出版社の先輩や同僚、仕事を通じて知り合った弁護士や他社の編集者、時代小説家の父のこと……個々の逸話は、小説であるからもちろん純粋な実話とは呼べないが、その核となる部分は白石さんの実体験から引き出されている。

「デビューして20年、コンスタントに作品を書いてきましたが、近年は創作する主人公の属性をいちいち考えることに飽きている部分がありまして(笑)。ということなら、いっそ小説家を主人公にして書いてみようと」

前作『プラスチックの祈り』も小説家が主人公。白石さんと重ねて読めるところもなくはない。が、物語の運びや筋立ては決定的にフィクションである。

「今作は、自分のことにもう一歩踏み込んで書いてみたかった」

主人公の「私」はことりという女性と、もう20年暮らしている。前妻のりくとはまだ離婚が成立していない。りくとの間には一人息子の新平がいる。

〈二十年前、十五歳も年齢差のあることりと是が非でも一緒になろうと思ったのは、小説を書き続けるためだった〉

毎日を笑って暮らす

りくと新平との生活を捨てて、後のデビュー作となる小説を書き始める私はパニック障害を患う。そんな折に出会ったことりが、私の背中を押してくれる。〈〜保古ちゃん(私の名前)は天才なんだから、絶対うまくいくよ〉

ある時、ことりの母の病気がきっかけで2人は束の間の別居を余儀なくされる。ところが、私は、ひょんなことから、実家で母の面倒を見ているはずのことりが、見知らぬ若い男とホテルに入っていくところを目撃してしまうのだ。“不倫疑惑”という不穏な色を漂わせ、物語は後半へ突入していく。

「作品でも触れていますが、毎日笑って暮らす、なんて、くだらないことだと思っていました」

どういうことか?

「自分はこれまでずっと、人間はいかに時間に縛られ過ぎているか、ということを書いているつもりですが……」

父の白石一郎さんが亡くなる直前に「ろくなものが書けなかった」と呟いていたことが、強く印象に残っている。傍から見ればむしろ充実していると見える人生が、本人にそう言わせてしまうのは、時間の経過とともに人間は成長するもの、という教条的な呪縛から、誰も逃れられないからではないか。

物語の終盤、私は思う。

〈結局、私は幸福になりたかっただけのくせに、成功したいだとか勝利したいだとかの方にばかり目が行って〜中略〜幸福は犠牲にしても構わないとさえ考えていた〉

「日々を笑って過ごす、その積み重ねこそが、実は、時間に縛られない大切な姿なのではないか」

ことりに、他人に、小説に生かされている「私」。作家の思索の跡は、胸を打つ幸福論でもある。

『クロワッサン』1019号より

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