どうして、認知症になると忘れてしまうの?【専門医に聞く認知症Q&A】
撮影・岩本慶三 文・殿井悠子 イラスト・松元まり子
Q.どうして、 認知症になると忘れてしまうの?
A.正確には、忘れてしまうのではなく覚えられない。記憶の入り口(海馬)に入りづらかったり出づらくなったりする。
記憶には、外の情報を脳に「入れる」「持つ」「出す」という3つの過程がある。認知症になると、最初の「入れる(覚える)」ことが苦手になる。というのは医学的な説明。「入れる」を担当している脳の玄関口は、海馬やその周辺とされている。「記憶のしづらさ」があると、記憶として脳に保持するのがむずしかくなってくる。
ここで、「記憶しづらい」ことと「忘れる」ことを、ごっちゃにしてはいけない。例えば、さっき食べたごはんのことを思い出そうとすると思い出せるのは、「忘れる」体験。「記憶しづらい」人は、ごはんを食べたことを記憶していないので、「忘れる」体験をしていない。記憶しづらい人に「なんで忘れるの?」というのは見当違いな説教で、合理的配慮に欠ける行為だ。
「忘れる」体験をしていない人に「すぐに忘れるんだから」と言い続けるのは、言われた本人にとっては苦痛以外の何物でもない。足の悪い友だちに、「なんで走らないの?」とは言わない。その代わり、杖を持ってきたり肩をかす。それと同じだ。
周辺症状は病状ではなく、原因がほかにあるリアクション
認知症の主な症状は『中核症状』といわれるが、症状でなく機能の低下。ものごとが覚づらくなる「記憶障害」、時間や場所、理由が理解しづらくなる「見当識障害」、言葉が出づらくなる「言語障害」などが代表的。それによって引き起こされるさまざまな症状を周辺症状というが、木之下さんはこれは病気による症状ではなく、正当な原因によるリアクションだと考えている。
認知症の進行具合は10人いれば10通り。人それぞれ過ぎてセオリーはない。
「認知症になった本人が書いた『私は私になっていく 認知症とダンスを』という本がある。その中で彼は、認知症になって“不便だけれど不幸じゃない”と言っている。言葉が出づらくなったり、場所がわかりにくくなったりといったことは、たしかにある。したいことがしづらくなる不便さがある。自分が自分でなくなるという予感は、恐怖以外の何ものでもないでしょう。周囲に打ち明けられずに、自分の実態とかけ離れた認知症像を一人で抱え込むことも。『フラットに見つめてもらえる人に打ち明けたい』という本人の潜在的期待は大きい。いまは社会心理が変化し環境も整ってきたので、その後の暮らしに新たな光が見えてくるかもしれませんね」
まずは、人の気持ちに寄り添うことから見直してみたい。
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