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『昭和の店に惹かれる理由』井川直子さん|本を読んで、会いたくなって。

どの店にも長年引き継がれた心意気がある。

いかわ・なおこ●1967年、秋田県生まれ。フリーライター。『dancyu』『料理通信』『メトロミニッツ』など連載多数。著書に『僕たち、こうして店をつくりました』(柴田書店)、『シェフを「つづける」ということ』(ミシマ社)がある。

撮影・森山祐子

東京・神保町にある餃子と包子の専門店『スヰートポーヅ』は昭和11年創業。三代目の和田智さんは毎朝5時30分から皮と餡を作り、手で包む。1800〜2000個作る餃子はその日に使い切って冷凍もしない。

「ノスタルジーではなくて、その店のあり方や店主の姿勢が尊敬できる10店を紹介しました」

食を中心に料理人や生産者に着目した記事を書いてきた井川直子さんの新刊『昭和の店に惹かれる理由』は、そんな名店で今も守られている技や心を伝えている。

「スピードや効率、価格などで否定される非合理的なことを切り捨てずに、先代の教えを受け継いでいる店が多かったです」

目黒にある『とんかつ とんき』を紹介する際には、カラリと揚がった衣の秘訣以外に、長年使われながらも今も真っ白な檜のカウンターが、毎日30分かけて昔から決まった石鹼とたわしで木目に沿ってしっかり磨かれていることを井川さんは記す。丹念な仕事が施された店ならではのとんかつを味わいたくなる。

「マニュアルというより武芸の『型』に通じるものがある気がします。人の手と意思で毎日磨かれた清潔感のある店には、お客として行った際にもいずまいを正す気持ちが生まれると思います」

ただし、東京・湯島にある酒場『シンスケ』を紹介する際には、棚に並ぶ徳利が文字を正面に揃えず“正しすぎず”置くことで客への圧迫感をなくす配慮がされているとさりげなく描く。

「お店に来たひとりひとりに“肩幅の世界”があるから酒場の役割はそれを守ることだ、という先代の教えを汲みとって、落ち着かせる空間をつくるんです」

渋谷のんべい横丁にある焼き鳥『鳥福』では狭い店だからできる職人の心意気を、秋田のバー『ル・ヴェール』では“見せない仕事”へのこだわりを。ふだん表に出ない面にもスポットを当てることでお店の輪郭も浮かびあがってくる。つい昨今のグルメブームについて聞くと、井川さんは本書に登場する『カフェ・ド・ランブル』の店主、102歳の関口一郎さんの言葉とともに話してくれた。

「みんな情報や知識はあるけれど自分の舌を持っていない、と関口さんがおっしゃったんです。誰かがいいと言った店を渡り歩くなかで自分の物差しがなくなっているのかなと思いました。自分が好きなお店を知るには何度か通うなど工程や時間が必要な気がします」

ミシマ社 1,900円
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