目黒にある『とんかつ とんき』を紹介する際には、カラリと揚がった衣の秘訣以外に、長年使われながらも今も真っ白な檜のカウンターが、毎日30分かけて昔から決まった石鹼とたわしで木目に沿ってしっかり磨かれていることを井川さんは記す。丹念な仕事が施された店ならではのとんかつを味わいたくなる。
「マニュアルというより武芸の『型』に通じるものがある気がします。人の手と意思で毎日磨かれた清潔感のある店には、お客として行った際にもいずまいを正す気持ちが生まれると思います」
ただし、東京・湯島にある酒場『シンスケ』を紹介する際には、棚に並ぶ徳利が文字を正面に揃えず“正しすぎず”置くことで客への圧迫感をなくす配慮がされているとさりげなく描く。
「お店に来たひとりひとりに“肩幅の世界”があるから酒場の役割はそれを守ることだ、という先代の教えを汲みとって、落ち着かせる空間をつくるんです」