平成バンドブーム(2)──ミュージシャン、「TSM」校長 ・渡辺敦子さん×お笑いタレント・レイザーラモンRGさん
撮影・中川真人 文・黒田 創
「渡辺さんは、背の高い寡黙なベーシストって感じで好きでした」
右:レイザーラモンRG(れいざーらもんあーるじー)さん 1997年にコンビ〈レイザーラモン〉結成。時勢を切り取ったモノマネとあるあるネタを得意とし、音楽やプロレスなどに精通
「最初は私がギターで香がベース。でもやっぱりベースがやりたくて」
左:渡辺敦子(わたなべ・あつこ)さん 〈プリンセス プリンセス〉のベーシスト兼リーダー。1996年解散。現在は東京スクールオブミュージック&ダンス専門学校の校長を務める
1990年頃のバンドブーム期に一世を風靡したプリンセス プリンセス(以下プリプリ)のベーシストでリーダーだった渡辺敦子さんと、プリプリ好きでバンド少年だったお笑い芸人のレイザーラモンRGさんが初対面。当時のエピソードで盛り上がりました。
レイザーラモンRGさん(以下、RG) 今日はお会いできてうれしいです!
渡辺敦子さん(以下、渡辺) こちらこそよろしくお願いします。私、バンド時代は寡黙な人と思われていたけど、実はすごくおしゃべりなので話しすぎないよう気を付けます(笑)。
RG プリプリの中ではクールな印象でしたよね。僕は渡辺さんを日本のダフ・マッケイガン(※1)と思ってました。
渡辺 ガンズのベースの!? うれしい!
RG 背が高くて寡黙で、カッコいいベースのお姉さんって感じで。当時、渡辺さんはベースを指で弾いてたじゃないですか。女性でピックを使わないってすげえなと思っていたんですよ。
渡辺 私、ピックを使うのが下手だったのね。でも2012年の再結成(※2)の時は年齢もあり腕が疲れやすくなってピックの割合を増やしたんです。さすがRGさん、よく見てくれてる。
※1【ダフ・マッケイガン】
アメリカのバンドGunsN’Roses(ガンズ・アンド・ロー)のベーシスト。190㎝の長身でベースを低く構えて演奏する姿がトレードマーク。
※2【2012年の再結成】
前年に起こった東日本大震災の復興支援として16年ぶりに再結成。CMや夏フェスへの出演、東京ドーム公演、初の紅白出演などで注目を集め、2016年まで活動。
RG 僕はバンドブーム直撃世代で、高校の頃ベースを弾いていたんですけど、テレビにプリプリが出たら渡辺さんの手元ばかり見ていました。
渡辺 RGさん、ベースが似合いそう。
RG とにかくベーシストが好きで、ほかにはC-C-B(※3)の渡辺英樹さんやFENCE OF DEFENSE(※4)の西村麻聡(まさとし)さんに見とれてました。
渡辺 2人ともよく知っていますよ。渡辺さんは亡くなっちゃったね……。でも私、赤坂小町(※5)でデビューした頃はギターだったのよ。最初は(奥居)香がベースで、ヴォーカルは決まっていなくて全員がヴォーカルだった。
RG そうだったんですか!
渡辺 後に香がメインヴォーカルになった時にベースで歌うのは大変って話になり、私ももともとベース弾きだから、やっぱり好きな楽器をやりたいってことでパートチェンジしたんです。
RG それは知らなかったなあ。でも赤坂小町ってバンド名も、今改めて考えるとすごいですよね。
渡辺 1984年頃ってアイドル全盛期だから、若い女の子に楽器を持たせましたって感じでデビューして、なすがままに流されていったというか。だって言われたのが「君たちにピッタリのバンド名がある。赤坂小町だ」って。ピッタリなわけないじゃん(笑)。でも最初は逆らえなかった。
RG そんな状況でもメンバー同士で結束して。
渡辺 売れるまでに意に沿わない方向性の仕事もあって、「今に見とけよ」みたいな反骨精神はみんな持ってましたね。だからデビュー当時はジャケ写が満面の笑顔なんだけど、1作ごとにどんどん無表情になっていくんですよ。「Diamonds」なんてタイトルと違ってサングラスをかけて仏頂面したりして写ってるもん(笑)。
※3【C-C-B】
1985年に「Romanticが止まらない」で大ブレイク。ドラム・笠浩二がヘッドセットを装着し歌いながら電子ドラムを叩く姿が話題となった。
※4【FENCE OF DEFENSE】
1985年にスタジオミュージシャン3名で結成。高度な演奏技術とデジタルサウンドを融合させたスタイルで支持を集める。代表曲は「時の河」「DON’T LOOK BACK」など。
※5【赤坂小町】
1983年に行われた女性バンドオーディションで選ばれた、プリプリの前身バンド。バンド名はオーディションを主催したレコード会社の所在地から付けられたとか。シングル数枚をリリース後、1985年にバンド名をJULIAN MAMA(ジュリアン・ママ)に変更。さらに翌年プリンセス プリンセスに改名した。
私たちは私たちなんだって意識でずっとやってきた
RG このバンドには負けたくない! みたいなのはあったんですか?
渡辺 男性バンドならあったかもしれないけど、プリプリの場合は「私たちは私たちなんだ」という意識が強かったかな。まさに「Diamonds」の、好きな服を着てるだけで悪いことはしてないんだよ、っていう内容のとおりで。
RG プリプリで興味深いのは、メンバー全員が作詞と作曲をして、それぞれヒット曲があるところなんです。
渡辺 特にアルバムはそう。「М」(※6)もきょんちゃん(ドラムの富田京子)が作詞したアルバム収録曲で、「Diamonds」のB面になったことで知られるようになり、バンドを超えてバラードの名曲みたいになっちゃった。
RG 「世界でいちばん熱い夏」も富田さんの作詞ですしね。
渡辺 ブレイク前の頃に出したシングルでしたが、後に売れたことによって夏の定番曲となりうれしい限りです。
RG ギターの中山加奈子さんが作詞した曲も好きです。一番ロックンロールを感じるというか。
渡辺 彼女はゴリゴリのロッカーだから、弾けてますよね。でも実は乙女チックな内面を持っているのも加奈ちゃんで、そういう詞も私は好きでした。
RG 数年前、大阪の十三(じゅうそう)ファンダンゴ(※7)というライブハウスでガレージ系バンドが出演するイベントがあるので行ったら、いきなり中山さんが出てきてビックリしたことがあります。
渡辺 加奈ちゃんがやってるバンド、VooDoo Hawaiiansね。
RG え、このヴォーカルとギター、プリプリの中山さんじゃん! って。いい意味ですごくヤサぐれた感じで、声もカッコよかったなあ。
※6【М】
1988年発売のアルバム『LET’S GET CRAZY』に収録されたバラード。1989年に「Diamonds」のシングル発売の際にカップリング曲として収録され、「Diamonds」の大ヒットに伴い注目を集めてバンドを代表する一曲に。後に高校の音楽の教科書にも掲載。
※7【十三ファンダンゴ】
大阪・淀川区十三にあった老舗ライブハウス。関西におけるロックの中心地のひとつで、ウルフルズが初ライブを行った場所としても知られている。2019年に閉店し、現在は堺市で〈堺ファンダンゴ〉として営業中。
電車で前の人が読む雑誌の表紙に自分たちがいた
RG バンドブームの頃、「私たち売れてきたんじゃない?」と感じるような出来事ってありましたか?
渡辺 最初はみんな電車移動で、私も千葉の実家から総武線で通っていたんだけど、次第に車内の中吊り広告や、前に立つ人が読む雑誌の表紙が自分たちになったりするんですよ。
RG 当時は『GB』や『B-PASS』(※8)とか音楽雑誌がたくさんあったから。
渡辺 それで、今気づかれたらまずい! と顔を前髪で隠して寝たふりをする、みたいな。あとは電車で移動してたらちょうどHOUND DOGのコンサート終わりで、パンフレットを持った人たちがたくさん乗ってきて、運悪く私だってバレてしまい、せがまれてHOUND DOGのパンフにサインしたこともありますよ。よくないよね(笑)
RG すっげえレアグッズだ!
渡辺 そのうちメンバーが後をつけられるようになり、さすがにタクシー移動が基本になりました。
『GB』はギターやバンドカルチャー、人気ミュージシャンをビジュアルやスコア、インタビューで伝えた雑誌で、『B-PASS』はアーティストの素顔や人間性に迫るロングインタビュー、グラビアで人気を博した。後者は現在も刊行を続けている。
RG 街なかで声をかけられたりすることもありましたか?
渡辺 買い物をしていたら女の子たちがついてきたことがあって、私も声をかけられる準備をしていたのね。それで「すみません。プリプリの……」と言われて振り向いたら「キーボードの今野登茂子さんですよね?」って。
RG プリプリまでは合ってた(笑)。
渡辺 思わず「違います」って言ったら「いや絶対そうだよ」って指まで指されちゃって(笑)。
RG それくらいのライトなファンが現れると売れた証拠ですね。
渡辺 あとはサングラスしているとSHOW-YA(ショーヤ)の寺田恵子さんと間違えられたり。
RG それはわかります(笑)。寺田恵子さんと間違えられがち! ちなみに、SHOW-YAとプリプリはどちらが先にデビューしたんですか?
渡辺 ほぼ同時期じゃないかな? SHOW-YAとはよく比較されたけど、彼女たちが始めた「NAONのYAON」(※9)にプリプリは初回から出演していて仲が良かったし、私と富田京子は現在まで最多出演ですから。
女性アーティストのみが出演する音楽フェス。1987年、SHOW-YAのプロデュースにより日比谷野外音楽堂でスタート。プリプリは初回から出演。現在は「NAONのBUNTAI」として横浜で開催されている。
女の子がバンド組んでもいい、そんな時代の始まり
RG プリプリとSHOW-YAの存在はやっぱり大きかったですよ。
渡辺 私たちが世に出てからは女の子のコピーバンドがすごく増えましたよね。それもバンドブームのひとつの現象だったのかな。
RG 確かに、以前は女性だけのバンド自体がほぼいなかったわけで。それに女性のバンドで初めて武道館公演をやったんですもんね。
渡辺 そう、再結成の時の東京ドーム公演も女性初でした。あの時は震災の復興支援が目的で、とにかく支援金を集めないといけなかったから。ツアー総計で13万人も集まってくれました。
RG 1996年にバンドを終わらせた明確な理由はあったんですか?
渡辺 解散の数年前からメンバーのソロ活動が増えてきたのもあるし、次のアルバムについて話し合いの時に全然話がまとまらなかった。その時にリーダーとして、このまま誰かが我慢して続けていくのも健全じゃないなって。それで決めました。時代的に小室サウンド(※10)のような打ち込み音楽が主流になったのも大きかったかな。
RG そして、今は専門学校の校長先生ですもんね。凄い転身ぶり!
プロデューサー・小室哲哉が1990年代に日本に広めたダンスミュージックを軸としたポップススタイル。TRF、globeらが代表的。
渡辺 私はプリプリ以外、特にやりたいことがなかったんだけど、事務所の社長から「人に教えるのはどう?」って誘われたのね。で、学校へ見学に行った時に夢を追い求めている学生たちの姿を見ていたら、自分もこうだったなって。私なんて何も取り柄がなかったのに、バンドという好きなことを見つけて頑張ることができた。それで少しでも若い人たちの力になれればと思って講師になったんです。プリプリのメンバーや、以前バックバンドをやった縁で近藤真彦さんに特別講師に来てもらったこともありますよ。
RG それはアツい! 「たのきん」繋がりだと野村義男さんのTHE GOOD-BYE(ザ・グッバイ)(※11)も大好きでした。
渡辺 RGさんの音楽の趣味は、本当に幅広くて面白いよね!
RG バンドブームは自分がバンドを始めたのもあるし、テレビでも『ジャストポップアップ』(※12)という番組が始まったりして、毎日カッコいい音楽に触れられるワクワク感があった。今でも、あの頃みたいな時代がずっと続いてくれたらと思ってますよ。
渡辺 TSM(※13)で校長をしている今も、バンドでやったことがすべての元だなって。私、根っからのベーシストだから何事も土台作りが好きなのかも。
※11【THE GOOD-BYE】
野村義男のバックバンドとして1983年に結成。当初はアイドル的な色合いが強かったものの、ビートルズを彷彿とさせる楽曲で音楽ファンにも徐々に浸透。近年再評価されている。
※12【ジャストポップアップ】
1988〜1991年、NHK総合で放送された若者向け音楽番組。バンドブームに合わせてアイドル中心の『レッツゴーヤング』から路線変更。多くのバンドが出演した。
※13【TSM】
東京・西葛西にある「東京スクールオブミュージック&ダンス専門学校」の通称。2021年より渡辺さんが校長を務める。中田ヤスタカ、さかいゆうら多くの卒業生を輩出している。
用語解説
※1【ダフ・マッケイガン】
アメリカのバンドGunsN’Roses(ガンズ・アンド・ロー)のベーシスト。190㎝の長身でベースを低く構えて演奏する姿がトレードマーク。
※2【2012年の再結成】
前年に起こった東日本大震災の復興支援として16年ぶりに再結成。CMや夏フェスへの出演、東京ドーム公演、初の紅白出演などで注目を集め、2016年まで活動。
※3【C-C-B】
1985年に「Romanticが止まらない」で大ブレイク。ドラム・笠浩二がヘッドセットを装着し歌いながら電子ドラムを叩く姿が話題となった。
※4【FENCE OF DEFENSE】
1985年にスタジオミュージシャン3名で結成。高度な演奏技術とデジタルサウンドを融合させたスタイルで支持を集める。代表曲は「時の河」「DON’T LOOK BACK」など。
※5【赤坂小町】
1983年に行われた女性バンドオーディションで選ばれた、プリプリの前身バンド。バンド名はオーディションを主催したレコード会社の所在地から付けられたとか。シングル数枚をリリース後、1985年にバンド名をJULIAN MAMA(ジュリアン・ママ)に変更。さらに翌年プリンセス プリンセスに改名した。
※6【М】
1988年発売のアルバム『LET’S GET CRAZY』に収録されたバラード。1989年に「Diamonds」のシングル発売の際にカップリング曲として収録され、「Diamonds」の大ヒットに伴い注目を集めてバンドを代表する一曲に。後に高校の音楽の教科書にも掲載。
※7【十三ファンダンゴ】
大阪・淀川区十三にあった老舗ライブハウス。関西におけるロックの中心地のひとつで、ウルフルズが初ライブを行った場所としても知られている。2019年に閉店し、現在は堺市で〈堺ファンダンゴ〉として営業中。
※8【『GB』や『B-PASS』】
『GB』はギターやバンドカルチャー、人気ミュージシャンをビジュアルやスコア、インタビューで伝えた雑誌で、『B-PASS』はアーティストの素顔や人間性に迫るロングインタビュー、グラビアで人気を博した。後者は現在も刊行を続けている。
※9【NAONのYAON】
女性アーティストのみが出演する音楽フェス。1987年、SHOW-YAのプロデュースにより日比谷野外音楽堂でスタート。プリプリは初回から出演。現在は「NAONのBUNTAI」として横浜で開催されている。
※10【小室サウンド】
プロデューサー・小室哲哉が1990年代に日本に広めたダンスミュージックを軸としたポップススタイル。TRF、globeらが代表的。
※11【THE GOOD-BYE】
野村義男のバックバンドとして1983年に結成。当初はアイドル的な色合いが強かったものの、ビートルズを彷彿とさせる楽曲で音楽ファンにも徐々に浸透。近年再評価されている。
※12【ジャストポップアップ】
1988〜1991年、NHK総合で放送された若者向け音楽番組。バンドブームに合わせてアイドル中心の『レッツゴーヤング』から路線変更。多くのバンドが出演した。
※13【TSM】
東京・西葛西にある「東京スクールオブミュージック&ダンス専門学校」の通称。2021年より渡辺さんが校長を務める。中田ヤスタカ、さかいゆうら多くの卒業生を輩出している。
『クロワッサン』1176号より
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