調香師・大沢さとりさんの着物の時間──母から譲り受けた日本文化の技と粋。香りの世界にもつなげていきます
撮影・青木和義 ヘア&メイク・遠藤芹菜 着付け・奥泉智恵 文・寺田和代
和の伝統と美学を凝縮させた香水は文化を五感で世界に伝える“外交官”
訪問着や留袖、振袖など格の高い着物の価値をいっそう高める刺繡装飾。日本では数少ない調香師(パヒューマー)の一人、大沢さとりさんの訪問着に施された優美な扇模様は、なかでも希少な伝統刺繡、絽刺で描かれたものだ。その名のとおり、絽や紗などの織り目の隙間を縦横の絹糸で埋め尽くす緻密な技法で、絵柄がレリーフのように浮き上がって見える質感と、立体感ゆえの整然とした光沢が特徴だ。1000年以上の歴史があるとされ、古いものでは奈良・東大寺の建立時に仏像用に献納された敷物や、室町・江戸時代の繡仏にもこの刺繡が見られるという。
「50年ほど前に母から譲り受けました。私が子どもの頃、母が近所の絽刺職人さんから買ったそうです。今は職人さんの数も少なく、さらに希少性が増したかもしれません」
帯もまた母から譲られたもの。着物通が見れば、この帯の持ち主は茶道に関わる人? と推測される意匠が施されている。
「名物裂の切嵌帯です。名物裂は室町から江戸にかけて中国から伝来した金襴や緞子など高級織物で、千利休ら茶人が珍重したことから、今も茶席などで身につける人が多いんです。切嵌は帯地の一部を切り抜き、そこに色柄の異なる別布を嵌めこみ緻密に縫い合わせる技法。一見、布の上に別布を重ねたアップリケのようですが、こちらは切り抜いた部分に嵌めこまれ、表面は平らで継ぎ目に寸分の狂いもない。さすが伝統の技法、と手にするたび感動します」
大沢さんが子どもの頃から、自宅に先生を招き教室を主宰するほど華道や茶道の世界が好きだった母の影響で、自身も幼い頃には日舞に親しみ、12歳からは茶道や華道を学び、20代初めまでに両方の師範免状を取得した。
「華道が身近だったことと関係があるかもしれませんが、昔から植物が好きで常にポケット植物図鑑を手に草花を観察するような小学生でした。その後、ハーブ生産者との縁を得て植物精油を学び、30歳で香りの店を立ち上げたのが今に続く一歩。そこから香水についてさらに学びと探求を深め、調香師という職につながったのは私には自然な流れでした」
母を介して日本の伝統文化や四季の自然とともに生きてきた“財産”を自分の持ち味にしよう。ヨーロッパの香水文化とは一線を画す、密やかに香る美学や、伝統的な香道も取り入れた複雑な香りの調合は、今では国内外でファンを増やしている。それでも──
「初めてフランス・カンヌでの世界調香師会議に行った時はなんの後ろ盾もありませんでした。それで、せめても私が“日本の”調香師であることをアピールしたくて、着物を着ていきました。自分の香りへの美学を正しく強く、伝えたかったんですね」
そうして、和の世界観を凝縮させた一連の作品はその魅力が認められ、2023年には“日本文化を代表する香りの創作者であり発信者”として文化庁長官表彰を受賞した。
「茶道、華道、植物の経験と知識は調香のみならずネーミングやパッケージにも活かしています。これからも香水を文化の“外交官”として、世界に紹介していけたら」
日本文化の豊かさを暮らしの中で伝え、着物姿を喜んでくれた母は今春99歳で天国に。
「帰宅したらまず遺影に着物姿を見せ、今日のお仕事はね……、と報告するんです」
『クロワッサン』1165号より
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