『ロブスター』著者、篠田節子さんインタビュー。「砂漠で釣りする絵が思い浮かんできて」
撮影・青木和義 文・中條裕子
「砂漠で釣りする絵が思い浮かんできて」
ジャーナリストという肩書きはあるものの、まだ何者でもない。そんな寿美佳が「意義ある仕事」をするための糸口として、オーストラリアの辺境地へ向かうところから物語は始まる。舞台となっているのは、ドローンが世に出てから100年ほど経った近未来。昼も日中には摂氏60度にもなる砂漠地帯で、政治犯であるクセナキス博士が巨大機械に監禁されたまま、果てしない労働に従事させられているという。その妻から救出の依頼を受け、砂漠の真ん中に聳え立つ巨大なビルにも見える鉱山掘削機に辿り着いた寿美佳は、そこで思いがけない体験をする……。
「巨大な機械の中にその一部のような形で組み込まれ、人間が一生を暮らしてしまう、そんな物語を描きたかった」と、篠田節子さん。
想像するだに地獄のようだが、ページを繰るうちにまるでおとぎ話を読んでいるかのような感覚に陥るのだ。地球沸騰化で植民惑星のようになった灼熱の砂漠では、昼間は外へ出ることも叶わない。口にするのは人工的な飲食物ばかり。そんな中で、クセナキス博士と交流するうち、寿美佳は夜に釣りに行こうと誘われる。
「砂漠の真ん中で釣りをする、というのも描いてみたかったんです。川でおじいちゃんと孫が並んでいるのは、詩情を感じるような光景。でも、砂漠で釣り糸を垂らしてみたらどうなんだろう、と。そんな絵が思い浮かんで。砂漠ではないけれど、猿が蟻の穴に木の枝を入れて釣って食べる行動も知られていますし。何かを釣って食べるという行為は、人間に限らず生き物として根源的な感じがします」
砂漠の中のデッドエンドは、本当に見捨てられた場所なのか?
昼とは一変して、陽が落ち涼しく感じられる寂寥とした砂漠で、二人は何を釣り上げるのか。それは読んでのお楽しみだが、釣った生き物をその場で調理していかにもおいしそうに食べるシーンが印象的だ。そうした原初的な行為を通して、寿美佳がこの場所に抱いていた気持ちが変わっていく。同時に読み手にもまた、景色が違ったものに見えてくる。ビルのような巨大な掘削機の中に閉じ込められ博士と共に働くのは、大量殺人を犯した凶悪犯と日本から連れてこられた引きこもりの若者。文化も年齢も異なる者たちが、ここでどんな暮らしを営んできたのか? ここは本当に見捨てられた場所なのか? 変容していく世界を味わうのは不思議な読み心地だ。
「自分のスタイルを時々壊して、新しく作り直すことが大切なのかなと常に思っています。小説を書くこと自体がルーティン化していったら一番まずいかな、と。いつもどこかしらで、実験的な作品というのを生み出していかないと」
そう語る篠田さんの言葉のとおり、本作ではこれまでとは全く異なる世界が広がっている。ディストピアのような近未来の社会の奥にあるものが露わになったとき、最後にはまるで祈りにも似た思いで満たされていく物語となった。
『クロワッサン』1130号より
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