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「航空業界から教育の世界へ。リスキリングの先駆者の着物物語。」西武文理大学教授・服部裕美子さんの着物の時間。

撮影・青木和義 ヘア&メイク・遠藤芹奈 着付け・奥泉智恵 文・西端真矢 撮影協力・溝口邸

着物の刺繡の色糸と同系色のモノトーンの帯でまとめ、ほのかに小物にやさしい色を差しています。

「航空業界から教育の世界へ。リスキリングの先駆者の着物物語。」西武文理大学教授・服部裕美子さんの着物の時間。

1980年代、航空会社の客室乗務員がまだスチュワーデスと呼ばれていた時代、服部裕美子さんは日本航空の客室乗務員として世界の空を飛んでいた。

首相専用機を担当し、社の顔として「JALカレンダー」にも登場。順風満帆の日々だったが、まったく畑の違う教育学の分野へとキャリアチェンジしていく。そしてそんな人生の道のりの中で、常に着物への深い愛着を抱いてきたという。

「そもそもは母が大の着物好きで、物心ついた頃から呉服屋さんにおともをしていました。それで自然に着物好きになっていたんですね。母は一通りの着物を揃えてくれましたが、就職後は自分でも折々心に留まった一枚を誂えました。単なる衣服を超えて、工芸の美に触れる喜びを感じていたんです」

その頃、こんな武勇伝もやってのけた。

「着物雑誌を見ていたら、手持ちの訪問着にぴったりの帯が出ていて、直接工房に電話をかけて京都まで訪ねたんです。着物好きの方ほど『怖いもの知らずだね』と驚くのですが、唐織の名匠・山口安次郎さんの工房で。でも、若い女性が一人でやって来たのが珍しかったのか、ちっとも気難しいことはなくて、目当ての帯を着物に載せるとまったくそぐわずがっかりしていたら、ふーんと一考されて『これならどうでっしゃろ』と奥から出してくださった帯が、もう、ぴったりで」

能装束で名高い唐織の巨匠・山口安次郎氏作の『竹垣に笹竜胆』模様袋帯。重厚そのものだが「山口さんの唐織は裏面の糸を丁寧に処理しているため、締め心地は軽いんです」。目の前で筆をとり箱書きしてくれた。
能装束で名高い唐織の巨匠・山口安次郎氏作の『竹垣に笹竜胆』模様袋帯。重厚そのものだが「山口さんの唐織は裏面の糸を丁寧に処理しているため、締め心地は軽いんです」。目の前で筆をとり箱書きしてくれた。

この逸話からもうかがえるとおり、真っすぐな行動力の持ち主である服部さんは、入社9年目、29歳で大きな決断をする。近年注目される、リスキリング(学び直し)。退職して大学に編入学したのだ。

「CAとして世界を回り、オフの日には現地の美術館をめぐっていましたが、次第に自分が最も心惹かれるのは刺繡だと気づきました。中国刺繡、ヨーロッパ貴族の調度品にほどこされた刺繡……その中に時折日本の江戸時代の着物も展示されていて、世界に引けを取らない精緻な刺繡技術が何とも言えず誇らしくて。同時に、美術品を本当に理解するためには、背景の歴史への理解など、教養が必要だとも痛感しました。私は短大卒だったので、学びの時間が短かった。もう一度勉強したいという思いが湧き上がってきました」

こうして上智大学に編入学して哲学を、さらに大学院で教育学を修める。結婚、出産のために休学した期間もあり、修士論文の提出まで、11年間という長い道のりだった。その後も子育てをしながら教壇に立ち、着物を楽しむ時間はほとんど作れなかったが、3年前、次男の成人祝いの会をきっかけに、抑えてきた着物愛が再燃したという。

「以前から注目していた狩谷秀子さんの着物店『田園調布 秀や』を訪ね、付下げを新調しました。そこからおつき合いが始まり、今日の訪問着も秀やさんのオリジナル。『若松菱』は昔から大好きな模様ですが、シックな色彩設計で、しかも刺繡で表現されていて。すべてが私の好みにぴたりと一致しました」

吉祥模様の『若松菱』。ほのかな糸の厚みが控えめな存在感を放ち、刺繡ならではの美しさに心をつかまれた。
吉祥模様の『若松菱』。ほのかな糸の厚みが控えめな存在感を放ち、刺繡ならではの美しさに心をつかまれた。

合わせた帯は、亡き母から伝わったもの。人間国宝・北村武資の「煌彩錦(こうさいにしき)」シリーズの一作で、古典の菊模様が精緻な技術で、しかしどこかモダンな風をたたえて織り出されているところが今日の着物とよく添っている。

「子育てが一段落して自分の時間が増え、20代までに親しんだお茶や歌舞伎の場に再び出かけることが多くなりました。新たな人生の一章を着物とともに楽しんでいきたいですね」

  • 服部裕美子

    服部裕美子 さん (はっとり・ゆみこ)

    西武文理大学教授

    日本航空で客室乗務員を務めた後、上智大学文学部に編入学。同大学院にて教育学博士前期課程修了。日本外国語専門学校講師を経て、2018年より西武文理大学サービス経営学部教授。観光サービスとホスピタリティを講義する。

『クロワッサン』1127号より

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