キャリア47年のハーブ・オリーブ研究科が語る、ハーブの魅力とハーブと暮らすためのヒント。
撮影・小川朋央 構成&文・堀越和幸
お庭のハーブ畑を見せてください。
鎌倉の一軒家に住む、食文化研究家の北村光世さんにそうお願いすると、のっけからこんな答えが返ってきた。
「うちのは畑ではありませんよ。ハーブがたくさん生えている野原ですから」
海沿いの高台にある家。パティオから降り立つと、背の高さも形状も異なる草花がひしめきあうように群生している。なるほど庭というよりはハーブのジャングルのよう。
「ここに住み始めて47年になります。当初は夫がそれこそきれいに区画してハーブの畑にしていましたが、やがて私が面倒を見るようになって、家事や育児のこともあるからそんな構ってられない。あっという間に野原のようになってしまって。でも、ハーブにとってはそれがよかったみたい」
北村さんとハーブの出合いは学生時代のアメリカの留学生活に遡る。現地の食事は味が単調で日本が恋しくなっていた頃、甘くない、しょっぱいピクルスに出合った。
「塩と酢だけで作るディルとキュウリのピクルスだったんです。おお、これは日本のおしんこみたいだ、と感動しまして」
そして、夏休みにスペイン語を学ぶためにメキシコに渡った時には、
「パクチーに出合いました。いろいろな料理に入っていて、その香りが好きだった」
日本に帰ってから現地の味を再現しようにも当時の日本にはハーブがなかった。が、やがてアメリカにヒッピー文化が沸き起こると、現地ではハーブの種が売られるようになり、北村さんはいち早くそれを入手、日本でハーブのある暮らしを開始した。
「育てていると意外な気づきがあります。良かれと思って植えたものが枯れてしまったり、それでも別の場所から芽を出したり。なんだ、そっちが好きだったの、って」
風が種を運び、好きな日当たりで育つ。
「ハーブはもともと野草なんですよね」
北村家の庭に育つハーブをスナップ!
ーーハーブはもともと野草。
そんな印象を強くするもう一つの出来事が北村さんにはあった。イタリアのオリーブオイルに魅せられた北村さんはある日、〈国際オリーブオイル理事会〉が主催するイベントに参加した。
「オリーブオイルの生産地をいろいろ訪ねて、その良さを有識者から実地に学ぼうというものでした」
イベントはその後も会場を移し、ギリシャ、トルコ、フランス、スペインで毎年行われ、北村さんはその全てに参加した。以来、オリーブオイルもハーブと同様、北村さんにとっての大切な研究材料、ライフワークとなる。
「オリーブオイルはハーブの性質を持った油だと思ってます。ハーブの葉も裏側を揉むと香りのあるエッセンシャルオイルが出るでしょう。それと同じ」
ヨーロッパの国々を訪ねて忘れられない光景がある。それは自然が美しい広大な野原にはたくさんのハーブが自生しているということだ。
「地中海の人々は料理を作る時にも、野原に生えているハーブを摘んでそのまま利用している。それだけ自然が人間の生活に近いんです」
私たちには望むべくもない羨ましい環境ではあるが……。
「食べるだけではなく、お茶で飲んだり民間薬にしたりと何かしら毎日関わっている。そこへいくと、日本ではまだハーブを飾りのように使ってますよね。料理にちょっとだけのせたり」
食べるだけではない、ハーブは暮らしに密着している。
今回、紹介してくれたハーブ料理の一つ、イワシのフェンネル焼きは、そもそもなぜフェンネルで焼くのか?
「青魚の臭みが消えて風味が上がる。それだけではありません。家で魚を焼くとにおいが出るでしょう? でもフェンネルと一緒に焼けば空気が浄化されて家がにおわないんです」
食べることと生活することには本来境界線はない。という考え方なら、私たちにだって真似ができる。
「たとえば私は鶏肉をマリネードする時もポリエチレン手袋を使いません。そのほうが環境に優しいし、それより何より、オリーブオイルやハーブ、レモンにはどれも肌をしっとりさせる効果がありますよね。素手でしないともったいないですよ」
北村さんのハーブ料理はどれもシンプルだ。ゆえに素材の持つ味わいがしっかりと引き出されている。
「私は、なるべくいろんなものを入れない、素材の味を大切にする料理にしたいんです。そのためのハーブ。料理をしている時間もアロマテラピーです」
ローリエ丨炒め玉ねぎのブルスケッタ
ブルスケッタとは、薄くスライスしたパンを用いて作るイタリアの前菜料理。のせたのは、ごくシンプルに玉ねぎを炒めたもの。
「ローリエと一緒にとろっとするまで時間をかけ炒めるのがイタリア流。ローリエには弱った胃腸や肝臓を活発にする働きがあります」
味付けは塩だけなのに、口の中には思いも寄らない濃い旨味が広がる。
「大切なのは材料ではなく作り方。イタリア料理はそのことを教えてくれます」
【材料(作りやすい分量)】
玉ねぎ 1~2個(約200g)
塩 少々
EVオリーブオイル 約大さじ1
生ローリエ(または新鮮なドライ)1枚
フランスパンなど好みのパン 適量
ケーパー 適量
【作り方】
1.玉ねぎ(新玉ねぎは避ける)は皮を剥き、縦半分に切ってから、さらに縦に約4mmの厚さに切る。
2.フライパンに入れて、塩を振りかけて混ぜ、蓋をして中火で4分ほど加熱する。
3.蓋を開けて玉ねぎからの水分が出ているのを確かめ、焦げがつき始めていたら、底から混ぜて焦げ色を玉ねぎに移す。水分がなくなったところで、オリーブオイルと3カ所ほど切り目を入れたローリエを加えて、中火で炒める。途中、焦げがついたら、水少少を加えて底からよく混ぜて焦げ色を玉ねぎに移す。
4.トロッとしてしっかり炒まったら、塩味を確かめて調える。
5.フランスパンを好みの厚さに切り、トーストして、その上に4を広げ、ケーパーを散らす。
レモングラス丨鶏手羽中のハーブ薬膳スープ
日々の食事はなるべくお金をかけずに体に良いものをいただきたい、というのも北村さんの願い。
「という意味では手羽中は優秀。関節部が二つあるのでコラーゲンも豊富ですし」
その滋養深いエキスをたくさんの水を使って、レモングラス、コリアンダー、ローリエと一緒に煮詰める。
「コリアンダーには食欲増進を促す力があります。うちに来るお客さんは必ずこれをおかわりしていきます」
【材料(作りやすい分量)】
鶏手羽中 10本
レモングラスの葉と根元 3~4本
生姜親指大 1かけ(粗切り)
コリアンダーの根(根元の茎付き)2~3本
ハラペーニョ 小1/2本(種を除く)
生ローリエ(または新鮮なドライ)1枚(切り目を3カ所ほど入れる)
水 1.8L
レモンの搾り汁 大さじ2
コラトゥーラ(あれば)大さじ1
塩または薄口醤油 適宜
コリアンダーの葉 適量(適当に切る)
【作り方】
1.鶏手羽中を洗って大きめの鍋に入れ、水、麺棒などで叩いて香りを出やすくしたレモングラスの根元、長いのを結んで取りやすくしたレモングラスの葉の部分、生姜、コリアンダーの根(根元の茎付き)、ハラペーニョ、ローリエを加え、蓋をして中火で沸騰させる。
2.アクや脂が浮いてきたら取り除き、弱めの中火で40分ほど煮る。
3.ハーブ類、生姜、ハラペーニョを取り除き、レモン汁とコラトゥーラ、必要なら塩か薄口醤油少々で味を調え、さらに20分ほど煮る。途中、アクや脂が浮いたら取り除く。器に盛り、コリアンダーの葉をのせる。
フェンネル丨イワシのオリーブオイル焼きフェンネル風味
イワシを開いて骨を取り除き、塩をしてフェンネルをつけ、フライパンにのせて焼くだけ。こちらもいたってシンプルだ。
「魚の臭みが消えて、繊細な中にも深みのある味に。フェンネルの種は口臭も消すのでレストランのレジに置くこともあります」
フェンネルはフランスのブイヤベースでも知られ、イタリアでは〝フィノッキオ〞と呼ばれ、親しまれている。
【材料(作りやすい分量)】
イワシ 中2尾(または小4尾)
塩 少々
フェンネルの葉(5mm程度の粗みじん切り)約大さじ2
EVオリーブオイル 約大さじ1
【作り方】
1.イワシは頭を落とし、腹を開いてわた、骨、背びれを除き、洗ってペーパータオルで水気を拭き取る。
2.全体に軽く塩をしてフェンネルの葉を振りかけ、オリーブオイル(分量外)をからめながら手で貼り付ける。
3.フライパンを熱し、オリーブオイルを加えて熱くなったら、2を腹側から焼き、焼けたら裏返し、背側もパリッと焼く。香りの良いフェンネルならこのまま、香りが弱ければ好みでこしょう(分量外)を振りかける。
マロウ(うすべに葵)丨ローズマリー丨マロウティーとローズマリーティー
ハーブを使ったお茶の中でも北村さんがよく作るのが、マロウ(うすべに葵)とローズマリーを使ったハーブティーだ。
「マロウは花を乾燥させてからお茶にしますが、花が1日しか持たないので摘んでは乾かしで、夏は大忙しです」
マロウのお茶は青みのかかった色が、レモン汁などの酸を垂らすとサッとピンクに変色するので、ハーブビギナーにも人気。
「ローズマリーのお茶は血行を促進し、脳を活性化させます」