『わたしたちに翼はいらない』著者、寺地はるなさんインタビュー。「許せないことは、許さないままでいい」
撮影・森山祐子 文・合川翔子(編集部)
「許せないことは、許さないままでいい」
「これほど精神的にも肉体的にも消耗したのは初めて」と語る寺地はるなさん渾身の新作は、人の心の闇に光を当てた長編ミステリー。
陰湿ないじめを受けた過去をもつ、不動産関係会社勤務の独身男・園田。父子家庭で育ち、だれにも頼ることなく生きてきたシングルマザーの朱音。朱音と同じ保育園に娘を預け、モラハラ夫と暮らす専業主婦の莉子。物語は、同じ地方都市に住み、心の傷やひずみを抱えた3人の関係性を主軸に進む。
「近年とみに、謝ったからいい、過ぎたことは水に流そう、と責任をうやむやにする風潮が強まっています。なぜ傷ついた側だけが乗り越える努力をしないといけないのか、数年来の疑問としてありました」
疑問や怒りが出発点となり、書き進めることでそれらの解を導いていくことが多いという。
「今回も着地点は定めておらず、登場人物を頭のなかに住まわせて、一緒に考えながら、答えを見つけていきました。こういうとき、私はこう思うけれど、この人だったらどうするのか。私も含め、4人分を生きていた感覚です」
言われて嫌だと思った言葉は大事にしまっておく。
莉子は、夫と違い、なにも求めず、押しつけない園田に惹かれ始める。ある日、園田は、学生時代に自分をいじめた人物を殺そうと思い立つ。それを打ち明けられた朱音は、自分の分まで過去を清算してもらおうと復讐をそそのかす。その人物とは、莉子の夫だった――。
それぞれが見て見ぬふりをしてきた恨みや憎しみ、承認欲求といった心の傷や闇をあぶり出す。その感情は私たちにも心当たりがあり、読み進めるうちに、自分ごとのように思わされていく。リアリティ溢れる心情描写には、自身の経験も投影されているという。
ある日、中学時代冴えなかった園田と再会した同級生が、「いつデビュー?がんばったね」と園田に言う。“この言葉は、自分が評価する立場にあり、相手を下に見ていないと発せられないものだ”とは、寺地さんの実感によるもの。傷つけた側に自覚はない。その傲慢さと罪深さにドキリとさせられる。
「言われてむかつくな、とか、この人嫌だなと思った言葉は、その発言に至るまでの気持ちが知りたいと思ってしまう。だから感情的な判断は一旦保留にして、自分の中に大事にしまっておくんです。そうすると、数年後に小説を読んだり、誰かと話しているときに、その背景に気づくことがあります」
本作のタイトルにも、言葉の裏を探る寺地さんならではの思いが。
「“翼”はポジティブなイメージで使われることが多いですが、美しいフレーズで都合の悪いものを飲み込ませようとすることもある。それを受け入れない生き方があっていいし、許せないことは許さないままでいいと訴えたかった」
世の中の正解に自分を当てはめるのではなく、きれいごとに流されるのではなく、自分が納得する答えを導けばいい。3人が進む道は、その選択の可能性を示してくれる。
『クロワッサン』1102号より
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