くらし

『わたしたちに翼はいらない』著者、寺地はるなさんインタビュー。「許せないことは、許さないままでいい」

  • 撮影・森山祐子 文・合川翔子(編集部)

「許せないことは、許さないままでいい」

寺地はるな(てらち・はるな)さん●1977年、佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』で第4回ポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。『川のほとりに立つ者は』で2023年本屋大賞9位入賞。ほかに『夜が暗いとは限らない』『水を縫う』などがある。

「これほど精神的にも肉体的にも消耗したのは初めて」と語る寺地はるなさん渾身の新作は、人の心の闇に光を当てた長編ミステリー。

陰湿ないじめを受けた過去をもつ、不動産関係会社勤務の独身男・園田。父子家庭で育ち、だれにも頼ることなく生きてきたシングルマザーの朱音。朱音と同じ保育園に娘を預け、モラハラ夫と暮らす専業主婦の莉子。物語は、同じ地方都市に住み、心の傷やひずみを抱えた3人の関係性を主軸に進む。

「近年とみに、謝ったからいい、過ぎたことは水に流そう、と責任をうやむやにする風潮が強まっています。なぜ傷ついた側だけが乗り越える努力をしないといけないのか、数年来の疑問としてありました」

疑問や怒りが出発点となり、書き進めることでそれらの解を導いていくことが多いという。

「今回も着地点は定めておらず、登場人物を頭のなかに住まわせて、一緒に考えながら、答えを見つけていきました。こういうとき、私はこう思うけれど、この人だったらどうするのか。私も含め、4人分を生きていた感覚です」

言われて嫌だと思った言葉は大事にしまっておく。

莉子は、夫と違い、なにも求めず、押しつけない園田に惹かれ始める。ある日、園田は、学生時代に自分をいじめた人物を殺そうと思い立つ。それを打ち明けられた朱音は、自分の分まで過去を清算してもらおうと復讐をそそのかす。その人物とは、莉子の夫だった――。

それぞれが見て見ぬふりをしてきた恨みや憎しみ、承認欲求といった心の傷や闇をあぶり出す。その感情は私たちにも心当たりがあり、読み進めるうちに、自分ごとのように思わされていく。リアリティ溢れる心情描写には、自身の経験も投影されているという。

ある日、中学時代冴えなかった園田と再会した同級生が、「いつデビュー?がんばったね」と園田に言う。“この言葉は、自分が評価する立場にあり、相手を下に見ていないと発せられないものだ”とは、寺地さんの実感によるもの。傷つけた側に自覚はない。その傲慢さと罪深さにドキリとさせられる。

「言われてむかつくな、とか、この人嫌だなと思った言葉は、その発言に至るまでの気持ちが知りたいと思ってしまう。だから感情的な判断は一旦保留にして、自分の中に大事にしまっておくんです。そうすると、数年後に小説を読んだり、誰かと話しているときに、その背景に気づくことがあります」

本作のタイトルにも、言葉の裏を探る寺地さんならではの思いが。

「“翼”はポジティブなイメージで使われることが多いですが、美しいフレーズで都合の悪いものを飲み込ませようとすることもある。それを受け入れない生き方があっていいし、許せないことは許さないままでいいと訴えたかった」

世の中の正解に自分を当てはめるのではなく、きれいごとに流されるのではなく、自分が納得する答えを導けばいい。3人が進む道は、その選択の可能性を示してくれる。

いじめ、モラハラ、ママ友マウント、親の支配といった現代日本に根づくさまざまな問題を描いた長編小説。 新潮社 1,815円

『クロワッサン』1102号より

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