『キッチンが呼んでる!』著者、稲田俊輔さんインタビュー。「小説の主人公に、思いを託しました」
撮影・三東サイ 文・広瀬桂子(編集部)
「小説の主人公に、思いを託しました」
南インド料理ブームを牽引する料理人にして、飲食店プロデューサー。
その一方で、連日ツイッターにアップされる軽妙な文章に熱烈なファンは多く、いまや連載が4本。この後も、出版予定がめじろ押しだ。そんな稲田俊輔さんの初の小説がこちら。
「小説を書かないかと最初に打診されたときは、もちろん躊躇しましたよ。でも、小説なら嘘書き放題ですよ、と言われてうっかり乗ってしまった」と笑う。
書き始めてみたら、意外なほどすいすい書けたという。
「エッセイだと自分ごととして書くわけですが、小説は適度に責任転嫁できるところがいいですね。主人公を女性にしたのも、そういう理由。それに、もともと、女性はユニークで自由な人が多いと思っていたので、一種の憧れもありましたね」
全編を網羅しているのは、“ナチュラルボーン食いしんぼう”である稲田さんの、食に対する熱い思いと知識。
「甘さ控えめのジャムは、朝の気持ちになんの引っ掛かりも残さない」「ビュッフェは、“何を食べるか”でなく、“何を食べないか”」「辛いものを食べるとき、なんか、生きてる!って感じするよね」などなどの名言が、飛び交う。
「これだけは自分が書かなきゃ、と思うことがあって、その言葉にリアリティを持たせるために、ストーリーを積み上げていきました。エッセイよりも、自然にわかってもらえる気がしました」
主人公は、自分で料理もするし、立ち食い蕎麦も食べるし、気の利いたイタリアンにも行くし、うっかりウーバーイーツを頼んで失敗もする。
「彼女の中では、全部がフラット。食に対する知識があることが偉いわけではなくて、普通のものを普通に食べて楽しむことができるって、本当に大事です。同じものを食べるにしても、順番にこだわるとおいしさが違います。人とごはんを食べながら、ごはん以外の話をするって、もったいないですよ」
料理するってこんなに楽しい。真似したい料理がいっぱい。
引っ越したばかりで何もないところから、徐々に道具と食材を揃え、“私は今日、何が食べたいのか”と自問しつつ、料理に取り組む主人公の熱意が清々しい。クミンだけのスパイスカレー、電子レンジまかせの肉じゃが、九州の麦味噌で作る冷や汁、自家製ポン酢などなど、真似できそうなレシピもたくさん出てくる。
「自分は仕事で、もちろん店の厨房に立ちますが、それでも家に帰ってきて、深夜にまた料理することも多い。“モヤモヤしている日こそ、愛しのキッチンに立つ”と書きましたが、料理することは気分転換であり、生活の中のオアシス。自分で作ったおいしいものを食べれば、必ずすっきりします」
自分はちゃんと食べているのか、と思わず自問したくなる。ノリのいい文章はもちろん、ためになるという意味でも太鼓判だ。
『クロワッサン』1084号より