夫の定年、子供の巣立ち…人生の第二章に向けた上田淳子さんの家づくり。
撮影・黒川ひろみ、青木和義 文・板倉みきこ
夫婦の時間だけでなく、一人の時間も楽しむ家。
息子二人の独立は間近で、5年ほどすると夫の退職もやってくる。50代後半にさしかかり、新たな暮らし方を考え始めていたという料理研究家の上田淳子さん。
「夫婦どちらかの実家に帰ってもいいし、別荘を持って二拠点暮らしも楽しそうかな、とか。今思うと本当にぼんやりとしたイメージでしたね」
そこに訪れたのがコロナ禍。夫とずっと二人で過ごす生活を経て、今後の理想の暮らしが明確となった。
「それぞれのテリトリーは絶対必要だということ。そして、田舎でのんびり暮らすより、東京で多くの人と触れ合いながら生活するほうが今の私たちには合うことを痛感しました。生活の優先順位や、今まで不都合に感じていたことをしっかり話し合う時間が取れたのもよかったですね」
希望が明確になってからはトントン拍子。構想から約1年半で完成したのが、中古物件をリフォームした新居。人生の第二章の家づくりの参考になるポイントが詰まった家だ。
旧居の不具合や不満を全て回収し、今の二人が望む暮らしを新居で具現化。
上田家の旧居は、建て売りの3階建て一軒家。30代で双子の息子が生まれた頃に購入し、築10年経ったタイミングで自分たちの暮らしに合わせてリフォームを行っていた。
「壁を取り払いリビングスペースを広げ、キッチンをオーダーし料理教室にも使えるようにしたり、階段の壁には、大きな本棚を作りつけたりしました。
子育て、仕事とたくさんの思い出が詰まった愛着ある我が家でしたが、上手に動線が整えられず、洗濯機や物干しが風呂場から遠かった。また畳んでしまう場所も家の中に点在し、上下を行ったり来たり。
若い頃は問題なかったのですが、老いていく中でとても不安を感じていたんです」
今後体力が衰えていく世代の住み替えは、生活動線をとにかくミニマムにし、動き回ることが苦痛にならない動線を考えることが重要課題。
「夫はお風呂やトイレが老後もう少し快適に使えれば……と思っていたようでした。話し合いで今までの暮らしの不具合、改善点が明確になったので、当初は理想を一から形にしようと土地探しを始めたんです」
しかし、理想と現実は折り合わず、予算に合うものとも出合えなかった。1フロアで完結するマンションでは、自分のテリトリーが作れないと思い、もともと想定していなかった。そこで中古の戸建てのリフォームに方向転換。
「枠が決まった中で知恵を出し、不都合を改善するリフォームの楽しさは経験済みでしたし、一から自分で行う理想の家づくりには、財力はもちろん、気力も体力も必要。今の私たちにはリフォームが合っていると決断しました」
今回、上田さんが不動産の情報収集をする際に一番役立ったのが、ネットの不動産・住宅サイトだった。
「検索を続けるほど、サイトでAIが分析して、希望に合った物件情報をどんどん挙げてくれるようになるんです。結果、1年弱で見つかりました」
理想的な場所に見つかったのは、旧居と同じく築25年の3階建て。建具職人の家族が3世代で暮らしていたそう。予算は多少オーバーしたが、のちに売ることも想定し、その価値がある物件で、夫婦がまだ現役で働いていることから、思い切って購入を決断した。
家づくりを成功させるには、建築家選びも重要な鍵を握っている。
「以前のリフォームの時に痛感したのが、リフォームに関わってくださる方々とのコミュニケーションの大切さ。なので相性を重視しました。こちらの望みを尊重してくれる、話しやすい同世代の建築家が希望でした。生活者の目線と同じところに立ちながら、柔軟な発想でいろんなアイデアを現実的な形にしてくれる人。そして、できるだけ近所に住んでいる人を条件に選びました」
建築家のホームページもくまなくチェックし、最高の相性の人と出会えた。
「素人なりに自分で図面を描いて、こうしたいという思い、これまでの不具合や不満をしっかり伝え、こまめなコミュニケーションを図った結果、暮らしやすい新たな家が完成したんです」
新居づくりに生きた、過去のリフォーム経験。
夫婦二人の生活空間は1LDKにまとめて。
新居の2階は、夫婦の生活エリアだ。全ての内装を取り払って、1LDKのシンプルな間取りに変えた。
「夫婦二人には必要最低限の大きさ。リビングダイニングとキッチン、寝室、お風呂、トイレの全てが1フロアに収まって、ここだけで生活が完結します。おかげで掃除や洗濯作業など、あらゆる家事がとても楽になりました」
2階の主役は日当たり抜群のダイニングスペースだが、ソファはない。
「引っ越すにあたって、ものの絶対量を半分弱ぐらい減らし、ソファ、ピアノなど大きなものも手放したんです。広々した空間は気持ちいいし、今後暮らしてみてソファが必要となったら、気に入ったものが見つかった時に足せばいいかな、と。ゆっくり自分たち好みの家を作っていこうと思えるのも、子どもが巣立つこの年齢ならではの楽しみ方かもしれませんね」
旧居では仕事場も兼ねていたキッチンは、完全なるプライベートスペースに。
「以前は見た目を重視して、隠す収納を多用したり、ダイニング側からキッチンの中があまり見えないような設計にしていましたが、それだと作業がしづらいし、存在を忘れて使わないものも増えてしまいます。今回はオープン収納が基本。日々使うものは自分のひざ上から目の高さ程度に収めました」
道具を減らしたから何がどこにあるか一目瞭然で、最小限の動きで必要なものに手が届く。見た目より動きやすさ、わかりやすさを重視した結果、夫も家事に参加しやすくなった。
「お気に入りのものしかない空間。好きなもの、使うものが決まっているから、この位置にこれが欲しい、このサイズの収納にしたいという理想を形にして、デッドスペースのない、本当に使いやすいキッチンになりました」
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