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小林エリカさんが紹介。J・L・ゴダール監督を題材にした映画『グッバイ・ゴダール!』

  • 文・小林エリカ

五月革命のパリを背景に 女と男の輝きの瞬間を描く。

映画の原作者であり、ゴダールの妻でもあったアンヌをステイシー・マーティンが演じる。 (C)LES COMPAGNONS DU CINMALA CLASSE AMRICAINESTUDIOCANALFRANCE 3.

我が青春はゴダール一色だった。時期は、ちょうど「ゴダールの映画史」「愛の世紀」などの新作が続く渋めな時期ではあったが、なぜか私はゴダールにずっぱまり、「右側に気をつけろ」と「気狂いピエロ」と「男性・女性」を、涙を流しては繰り返し見続けるという日々だった。仕事もうまくいかないし、失恋の痛手は癒えず、とにかくゴダールの映画をむさぼるように観ていた。

ミシェル・アザナヴィシウス監督の「グッバイ・ゴダール!」を前に、胸が苦しくなった。以前、アンヌ・ヴィアゼムスキーの「彼女のひたむきな12カ月」(続編「それからの彼女」が今回の原作)を読んで、ゴダールのストーカー&変質狂ぶりに震えた(山内マリコさんの解説含めぜひご一読を)記憶もよみがえる。しかし、そんなゴダールを描くアンヌの筆致と同じく、この映画もまた、冷静で辛辣でありながらもスラップスティック調で、溢れんばかりの愛に満ちていた。

ゴダールとの結婚を機に、アンヌは映画に、恋に、政治にめまぐるしい日々を迎える。 (C)LES COMPAGNONS DU CINMALA CLASSE AMRICAINESTUDIOCANALFRANCE 3.

映画の中にはあちこちにゴダール映画の引用がちりばめられていて、そのひとつひとつを見つけてくすくす笑うだけでも楽しい。ベルナルド・ベルトルッチやミシェル・クルノーなど当時の映画界にも興奮する。けれど、その愛は、巨匠ゴダールへの愛や、映画への愛だけじゃない。

そこにあるのは、五月革命のパリで、懸命に混沌に向き合おうとしながらも崩壊してゆく、ひとりの男と、それを見つめる女への、愛なのだ。もがきながら、ぶつかりながら、メガネを壊されながら、それでも懸命に生き、立ち向かおうとする、ひとりひとりの人間への、愛なのだ。

五月革命も、挑戦的な映画づくりも、ふたりの関係も、結婚も、そのひとつひとつは、失敗だとか乱暴な言葉には決して括られることない、大切な瞬間として描かれ、輝きを放っている。

私は、その苦々しくもまばゆい景色に目を細めながら、ようやく過去の自分にもゴダールにも、グッバイと、ふたたびのハローを告げられそうな気持ちになる。

(C)LES COMPAGNONS DU CINMALA CLASSE AMRICAINESTUDIOCANALFRANCE 3.

 『グッバイ・ゴダール!』
監督:ミシェル・アザナヴィシウス 出演:ルイ・ガレル、ステイシー・マーティン、ベレニス・ベジョ 東京・新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほかにて公開中。http://gaga.ne.jp/goodby-g/

撮影・森本美絵

こばやし・えりか●1978年、東京生まれ。作家、漫画家。近刊に『マダム・
キュリーと朝食を』(集英社文庫)がある。http://erikakobayashi.com

『クロワッサン』978号より

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