荒涼とした道をひとり行く女マルリナ。その手にはまるでスイカのように男の生首がぶら下げられている。彼女がひとり暮らす家には、夫のミイラと数人の男たちの死体……あ、ここで腰が引けてる読者のみなさん。決して女殺人鬼の話じゃありません。インドネシアの若手女性監督が撮った「女性映画」であり(原作タイトルはズバリ『Woman』)、昨年アカデミー賞外国語映画賞本国代表になるなど、高く評価された作品です
闘うヒロインの魅力を痛快に描く女性活劇映画。『マルリナの明日』
- 文・ペリー荻野
そもそもの始まりは、美貌の未亡人マルリナの家に突然、強盗団の首領マルクスが訪れ、彼女の家畜や財産を全部奪ったうえ、仲間全員でお前を抱くと言い出したこと。やがて当然のようにマルリナに襲いかかるマルクス。しかし、彼女の手にはギラリと光る剣ナタが! 成敗! かくして生首を抱えた彼女は、自分の正当防衛を訴えに遠い警察署に向かう。だが、強盗団の残党の追手が……。
太陽、荒野、馬、復讐、傷ついた主人公、風に乗る音楽、スタイルはまさに西部劇。インドネシア名物の名をとった「ナシゴレン・ウエスタン」と称されるのも納得。でも、この映画が本当に言いたいのは、虐げられる性の怒りと再起なのだ。象徴的なのがヒロインの顔。暴行され、ナタを振り上げる瞬間までほぼ無表情。いったいいつ怒りが爆発したのかと思ったが、そうじゃない。マルリナは、ずっと怒っていたのだ。おそらくは、強盗が入る前から。世の中にも、息子まで亡くした孤独な日々にも。偶然、相棒となった臨月の妊婦ノヴィも夫に浮気を疑われ、虐げられている。ナタから流れた血、出産で流れた血。女たちはそこから一歩踏み出す。男と違って女は血には強いんだよ! これまで誰も言えなかったことを堂々と、ユーモアまで織り込んで痛快な活劇の形で描き切った。監督の手腕に拍手。
『マルリナの明日』
監督:モーリー・スリヤ 出演:マーシャ・ティモシー、パネンドラ・ララサティ、エギ・フェドリーほか 5月18日より、東京・渋谷ユーロスペースほか全国順次公開。
https://marlina-film.com
ペリー荻野
(ぺりー・おぎの)コラムニスト、時代劇研究家。近著に『脚本家という仕事:ヒットドラマはこうして作られる』(東京ニュース通信社)。
『クロワッサン』997号より
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