『遠きにありて』著者、西川美和さんインタビュー。 「スポーツ観戦が、唯一の息抜きです」
撮影・黒川ひろみ
「母親の影響で、物心ついた時からずっと、スポーツ観戦は生活の一部でしたね」と西川美和さん。
映画監督を務める傍ら、スポーツ誌『Sports Graphic Number』にて連載を持ち、一観戦者の立場からスポーツやアスリートに思いを馳せた、人生の機微をうがつ文章を発表している。
「映画監督になって以来、それまで趣味だった映画観賞や読書などが、全て自分の仕事に直結するようになって。趣味を仕事にできたことは幸せですが、好きなことをしていても、常に仕事のヒントを探してしまい、昔のように純粋に没頭できなくなりました」
しかし、スポーツ観戦だけは幼い頃と同様に、心から楽しめた。
「余計なことを何も考えず、ただ勝ち負けだけに一喜一憂する時間は、唯一の楽しみであり、息抜き。肉体を晒して戦っている様子に、鍛え方は違えども、“私だってもう少し頑張れるんじゃないか”と勇気をもらうことも多い。ただ楽しむだけじゃなくて、心の持ちようや生き方などで、想像以上に影響を受けていると思います。あとは、映画の世界とは違って、明確な勝負の基準があること、そしてその厳しさの中で戦っていることにもひかれますね」
心がぐらっと揺れる瞬間に“何か書きたい”と思います。
ーーなんて美しいんだろう。涙が出るほど孤独だ。私たちも(中略)あなたの「記録」ではなく、世界に二つとないその孤独の輝きに、向かう道を照らされてついて来たのではないか。ーー
たとえば、イチロー選手が記念すべき4257本安打を達成した瞬間を、彼の中に潜んでいたであろう孤独を想像しながらこう綴った。
「どんなスポーツを観ていても、選手のふとした言葉や試合の何気ない場面に、理屈ではなく、心がぐらっと揺れる瞬間があって、
“何か書きたい、書かなきゃ”と思うんです。だけど、専門的な知識はないから、選手たちが何を考えているのかは、外側から憶測することしかできないのですが」
しかし、その憶測にこそ、映画監督ならではの鋭いまなざしが向けられている。
「スポーツを観ているようで、結局は〝人生〟を見ているんだと思います。映画でも小説でも、何を描いても“人”がテーマになっていて。だけど、エッセイが、脚本や小説と違うのは、最初に落としどころを決めなくてもいいこと。自分でもどこに行き着くのか分からないのが楽しいですね。きっと本業じゃないからこそ、〝下手でもいいかな〟という自由さがあって、本当に興味があることを突き詰めていけるのかもしれません。もしも、映画が〝伴侶〟なら、小説は〝愛人〟、エッセイは〝友だち〟のような存在だと思います。恋愛関係になくて、かっこつけずに本音が言える人、いたらきっと楽しいじゃないですか」
現在準備を進めているという次回作は、オリンピックが開催される2020年に公開予定だ。
『クロワッサン』996号より
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