「相殺」という言葉は、中学生の頃に深夜ラジオで覚えた。何気ない会話の流れでタレントが「ソウサイにする……あ、ソウサイって相談のソウに殺すの方ね」と言ったのが妙に耳に残った。辞書で調べてそれが「帳消し」を意味する言葉だと知った。「皆無」を「ミナム」と読んで塾の先生に「本を読みなさい」と怒られたばかりだったけれど、読書はそこそこにますますラジオに没頭する少女となったのだった。
ちょうどその頃、クラスメイトのトンちゃんもわたしと同じくラジオリスナーであった。ある日の放課後、彼女に廊下のはしっこから手招きされた。
「どうしたの?」と近づくと、真っ赤な顔をしたトンちゃんがわたしの腕を「えーん!」と叫んで掴んできた。
「あのね、ゴローさんが……」
ゴローさんとは、岸谷五朗のこと。当時彼がメインパーソナリティだったラジオ番組が中高生の間で絶大な人気を誇っていたのだ。
「ゴローさんがラジオで『エクスタシーを感じる』って言ってたから、どういう意味だろうと思って……」
トンちゃんは本屋でタイトルに「エクスタシー」と入った漫画を見つけて買ってしまったというのだ。
「すごいエッチな漫画だったー!」
もうその本屋に行けない! 漫画がお母さんに見つかったらどうしよう!と半泣きのトンちゃん。
わたしはとりあえずその漫画は捨てた方がいい。とアドバイスした。そして、ラジオって身を以て勉強させてくれるな、と確信したのだった。